キスもしたことのない女の子の口で…

2022/03/22

十月初旬の、まだまだ強い陽射し下で、スコップを使うこと一時間。
下着まで汗みずくになりながらも、睦月亮佑はついに目当てのものを掘り当てた。
「お、今刃先に何か当たったぞ」
「本当?……あ、これこれ!私達のタイムカプセル!」ボロボロに赤錆びた、クッキーの空き缶。
当時の頑丈そうな見てくれとは、随分と変わり果ててしまったけれども、それは間違いなく亮祐達が埋めたものだった。

「ふぃー……」大きく息を吐きながら、亮祐はへたり込むようにしてその場に座った。
すると自然に、くつくつとした理由の無い笑いがこみあげてくる。
「はっは、何だ何だ。本当に出てきちまったよ」
「すごいわ。信じられない。絶対見つからない思っていたのに」
「おいおい、掘ってる時は応援しといてそりゃないぜ。……しっかし、酷いなこりゃ。こことか、内側まで穴開いてるんじゃないか?中身は大丈夫かね?」
「まあ、仕方ないわよ」亮祐の傍にしゃがみ込んで、娘は言う。
「十年っていうのは、それだけの時間だもの。……お疲れ様」それから、彼女はハンドバックから若草色のハンカチを取り出すと、亮祐の頬を伝う汗を拭った。
その様があまりに自然だったので、彼は少し驚いた。
だが、視界の端に陽の光を反射してきらきらと光る湖面を認めると、亮祐は「そうだな」と頷いた。
十年は、変わり果てるのに十分な時間だ。
人も、物も、土地さえも。

彼につられるようにして、娘も顔を上げた。
二人の視線の先には、彼らの故郷を腹に沈めた、巨大なダム湖が広がっている。

*
西佐久村大字分校。
それが、睦月亮祐が四年まで通っていた小学校の名前である。
廃校が決まった十年前の時点で、全校生徒は十三人。
亮祐の学年は五人だった。
女が三人で男が二人、その全員の名前を、彼は今でも暗唱できる。
みんな仲良し、だったかどうかは評価の分かれるところだが、付き合いの深さだけは本物だった。
何しろ、日帰りで行ける範囲で、同世代の子供はこの五人しかいなかったのだ。
遊ぶにしろ、喧嘩するにしろ、全てはその中の出来事だった。
そんな彼らは、ここが廃校になって、いずれダムの底に沈むと決まった時、全員で一つの約束をした。
水没を免れることになった高台の祠の脇に、タイムカプセルを埋める。
それを、きっかり十年後の今日に、皆で必ず開けに来よう。

分校最後の終業式で、机をくっつけて話し合った日、その約束は、絶対に果たされるものと思われた。
だが、年を経るごとに連絡は疎遠になっていき、中学を卒業する頃には、お互い年賀状のやり取りだけになっていた。
高校卒業後は、それすらも途絶えた。

だから先月、亮祐が思い切って旧友五人に同窓会の葉書を出すには、相当の勇気が必要だった。
そして結果は、予想通りあまり芳しいものでは無かった。
女子への二通が『あて所に尋ねあたりません』と戻ってきた。
もう一人は、出産直後で出席出来ないと、丁寧な文面で断りの返事をくれた。
唯一の男の級友だった克俊からは、母親の名前で封書が届いた──二年前、家業の出前を手伝っている際に、交通事後で死んだ旨が、鉛筆書きでしたためてあった。

少なからず落胆した亮祐だったが、しかしかえってカプセルを掘りだそうという決意は固まった。
少ないながらも、旧友の現状を知れた事が、より望郷の念を強めたのだ。
加えて、克俊の母親からの手紙もある──息子の遺品は、是非お友達が持っていてあげて下さいと、消し痕の後の残る便箋に記してあった。

そんなわけで、亮祐は今日、スコップと代わりに埋める自分の連絡先を入れた筒を持って、はるばる東京から四時間半かけてやってきた。
そして、十年ぶりに訪れた祠の横を、記憶を頼りに一生懸命掘り返している時、後ろから突然「あの、睦月……君?」と、呼び止められたのである。

初め、その娘が岩瀬由香里だと、亮祐は全く気付かなかった。
薄い水玉のブラウスに黒いフレアー丈のスカート姿で、日よけに白い帽子を被った様は、いかにもいい所の大人しいお嬢様然としていた。
しかし、亮祐の記憶にある『ゆっこ』は、彼の襟首を掴んだまま、石垣の上から自分もろともダイブして、一週間も接骨院送りにした猛者である。
とても、労いの言葉と共にさっとハンカチを出して、亮祐の額の汗を拭くことが出来るような娘では無かった。
全く以って、鬼も十八番茶も出花……と、亮祐は声に出して言わなかったけれども、しかし例え口に出したとて、「そうね」と小さく笑って済ませる様な雰囲気が、今の彼女にはある。

亮祐が葉書の件を口にすると、由香里は少し驚いたような表情を見せてから、ごめんなさいと頭を下げた。
「実はね、中学を卒業した後、母が再婚したの。だから本当は岩瀬じゃなくて、西野由香里なのよ。でも、当時は私自身、少し複雑な時期だったものあって、どうしても新しい苗字で手紙を出す気になれなくて」
「ああ、それで……。宛先不明で戻されたのは、転送期間が終わったせいか」
「そう。早く新しい連絡先を伝えるべきだったのだけれど、ついつい先送りにしてしまって。本当に、ごめんなさい」
「いや、いいっていいって。そういうことなら仕方ないだろ」姿勢正しく頭を下げられ、亮祐はうろたえて言った。
「いやしかし、じゃあどう呼んだらいいのかな。西野、じゃかえってアレだし、その……」
すると、その狼狽ぶりが余程可笑しかったのか。
若干昔の面影のある笑みを浮かべて、由香里は少し意地悪く言った。
「別に、岩瀬でも由香里でもいいわよ。もちろん、昔通りに『ゆっこ』って呼んでくれても、一向に構わないけれど」
「ぐっ。自分は睦月君つっといて、そりゃちょいと卑怯じゃないか?」
「確かにそうね、亮ちゃん。……ふふ、これでいい?」
「……参りました。俺の負けだよ、ゆっこ」
呼び名が元に戻ってからは、自然と二人とも話が弾んだ。
亮祐は葉書を出して知った旧友達の現況を詳しく伝え、そして持ってきていた克俊の母親の手紙を彼女に見せた。
旧友の訃報には、流石に驚いた表情を見せた由香里だったが、大きく取り乱すことはしなかった。
何度も何度も手紙の文面を読み直して、最後には自分を納得させたようだった。

旧友たちの話題が一段落すると、次はお互いの番になった。
「亮ちゃんは本当に変わったわね。吃驚するぐらい大人になった」
「いやまあ、十歳の頃とおんなしだったら、それはそれで色々と問題だけどな。でも化けたって言うなら、俺より断然ゆっこの方だろう。本気で一瞬、誰だか分らなかったぞ?」
「私なんて外見だけよ。中身はてんで子供のまま。今日だって、昔の約束に縋ってふらふらと、手ぶらでここへやってきただけだもの。貴方みたいに、皆に呼びかけることも出来たのに」
「おいおい。呼びかけるも何も、俺は葉書を四通出しただけだぜ。おまけに収穫はゼロだった」
「でも、それって中々出来ないことよ。うまく返事が貰えるかどうか、誰だって怖いもの。それに、収穫……って言っていいのか解らないけれど、」そこで由香里は手元の便箋を示し、「おかげで私は、洋子も、かっちゃんのことも知ることが出来た。逆に洋子も、それからかっちゃんの……お母さんも、すごく喜んでいると思う」
真正面から褒められて、亮祐は思わず視線を外した。
それから誤魔化す様に、少しおどけて言葉を繋げる。
「ま、俺の場合いい加減成長しとかないとな。でないと、この場でお前のスカートの一つも捲らなきゃならん」
「ふふ、そうだったね」亮祐が膝元に手を伸ばす振りをしたので、これには由香里も声を出して笑った。
「下ネタ大好きっ子だったものねぇ。まあ、昔馴染みのよしみで、一回くらいは許してあげるわよ?」
「ほほう。じゃあ二回目は?」
「そうね。そしたら私も昔みたいに、校舎の砂場辺りへ沈めちゃおうかな」
「水深いくつあると思ってるんだ」実際には気易く手を取るのも憚れるようになった娘と、そんな軽口を叩き合いつつ、亮祐は理不尽な優越感と、それから一抹の寂しさを感じた。

*
話の種は尽きなかったが、いい加減時間が押してきた所で亮祐は穴掘りを再開し、話は冒頭に差し戻る。
発掘作業は予想外に手間取ったものの、無事掘り起こせたタイムカプセルを、二人は早速開けることにした。

中身はこの手ものにありふれた、ごくごく普通のものだ。
集合写真、寄せ書きの色紙、そして『宝物』の数々──牛乳瓶の蓋で作ったメンコや、ビーズを繋いだ髪止めなど。
中には劣化して殆ど原型をとどめないものもあったが、それでも彼らは、元が何かを簡単に当てることが出来た。

懐かしい品々を一つ一つ取り出して、最後に箱の底から出てきたのは、これまた定番の手紙だった。
但し、中身はお決まりの「未来への自分宛」では無い。
そこに書かれているのは、十年後の今日の予定だ。
これには、ちょっとした理由がある。
十年前、彼らの間で喧嘩の種はいくらでもあったが、その中で最も多く、且つ子供心にも不毛に思えたものが、「何して遊ぶ?」をめぐる争いだった。
わざわざ仲良くも全員一緒に遊ぼうとして、その結果盛大に仲違いし始めるのだから、これほど空しいものは無い。
十年後、折角集まった挙句そんなことになっては敵わないと、本気で危惧した当時十歳の亮祐達は、子供なりに一計を案じたのだ。
ビニール袋で厳重に封印された封筒の中には、五枚の紙が入っている。
そこに、彼らは十年後の今日、自分がやりたいと思う事を一つずつ書いた。
当日は、全員そろって書かれた事をこなすのに、誰も文句を言わないという約束で。

「あったわねえ、こんなの」ビニール袋を丁寧に開きながら、懐かしそうに由香里は言った。
「あの頃は、二十歳になれば何をしても怒られないって思っていたから、何を書こうかかなりわくわくしたのを憶えてるわ」
「うーむむ」
「ん?どうしたの、亮ちゃん」しかし彼女とは対照的に、亮祐はやや気まずそうな苦笑いを浮かべて言った。
「いや…な。そう言えば、物凄く馬鹿なことを書いたなあと」
「何言ってるの、みんなそうよ。十歳だもの。でもだから、面白いんじゃない?」
「いや、そういう意味じゃないっていうか……ま、十のガキのことだしな、笑って許してくれ」
「いいわ」それから唇の端を上げて、由香里は付け足した。
「ああでも、約束は約束だから。出来る限り、ちゃんと実行していきましょう」
「そうくると思ったよ。だからこそなんだが……」
もごもごと続ける亮祐を尻目に、彼女は早速封筒の中身を取り出した。
一枚目は洋子だった。
書かれていたのは、“清水屋のうなぎたべる”「わはは、何じゃこりゃ」これには、亮祐も声を出して笑った。
「あいつ、これ絶対その場で食べたかったものを、ただ何となく書いただけだろ」
「ね、だから言ったでしょう」由香里もくすくすと肩を震わせながら言う。
「みんなこんなもんよ」
「あっはっは。いやしかし、そいつが一番に親になってるからな。世の中分からん」
「弘子の事があるから分らないけど。でも多分、あの子が一番のりね。そうだなあ、意外と言えば意外だけれど、どこか納得できる部分もあるのよね」
「ぽやーんとしてるところが、割合オヤジ受けするのかもしれん。なんたって、入社三か月で一回りも上の常務を釣り上げたらしいからな」
「あら、今でも昔みたいにのほほんとしてるかは分からないわよ。あの子結構、しっかり者なところもあったし。……でもとりあえず、今夜のお夕飯は決まったわね」
それから二人は順々に手紙を開けて行った。
結果、克俊は「ダム湖で水切り」、もう一人の、連絡の付かなかった女子の弘子は「おとまり会」。
そして由香里は、「枕投げ」だった。

「廃校記念で、この前日に全校生徒のお泊会があったでしょう。あれで、亮ちゃん達に枕投げで負けたのが悔しくてね。色々考えてたんだけど、結局はそれに決めたの」
「いやまあ、分かっちゃいるが、何とも豪気な事だなあ」大分話して、このおしとやかな娘が"ゆっこ"である事に違和感を感じ無くなってきた彼ではあるが、やはりその口から直接昔の武勇伝を聞かされると、苦笑いをせずにはいられなかった。

そして、しまいに亮祐の番となった。
顔をへっちょこへ向けた彼を横目に、由香里が含み笑いをしながら手紙を開く。
書かれていたのは、“超すごいエロ(はたち版)”「……あら、困ったわ。これは私、貞操の危機かしら」
「…………頼むから、今の見目形でその冗談を言うのはやめてくれ。変な汗出る」そう言って、亮祐はスコップを拾うと、俯いて掘り起こした地面を埋め始めた。

*
二人が祠を離れたのは、陽も大分傾きかけてからだった。
昔の姿を留める唯一の場所が名残惜しかったこともあるが、そもそもこの辺りはバスの本数が極端に少なく、夕方になるまで帰りの便が無かったのである。
その間に、彼らは克俊と弘子の私物を分け合った。
弘子の分については、どちらか片方がまとめて持っていた方が、渡す際に埒がいいとも思ったけれど、克俊のこともあるしと、万が一に備えて分けて保管する事にした。
洋子の分については、亮祐が後で郵送するということで、既に話がついていた。
そして、これも万が一、弘子が後にここを掘りに来た時の為に、亮祐と由香里の連絡先を書いた筒を、タイムカプセルの代わりに埋めておいた。
それでも余った時間は、水辺に下りて、約束通り水切りをした。

そんなこんなで、ダム湖の対岸にある温泉街についた時には、既に薄暗くなっていた。
秋の行楽シーズンだったし、宿が取れるか心配だったが、救いの手は思わぬところから差し伸べられた。
苦労して見つけた鰻屋の主人が、偶然にも清水屋の元板前だったのだ。

ダム建設による立ち退きの後、つてを頼って名古屋や大阪の店を転々とした彼は、結局三年前にここへ戻ってきたのだという。
そんな主人は、亮祐達の話を聞きつけて、いそいそと客席にやってきた。
二人が洋子の手紙を見せると、彼は泣き笑いのような表情を見せた。
そんな主人は、亮祐達の今日の宿がまだ決まっていないと知るや、さっと裏の黒電話を回して、近くの温泉宿のキャンセル空きを一つ、もぎ取ってしまったのである。
いくらなんでも悪いからと、二人とも初めは断ろうとした。
だが、由香里が少し席を立った隙に、主人は亮祐に顔を寄せて言った。
「気にするこたない。あそこは忙しい時にうちが内緒で料理回したり、色々と貸しを作ってあるんだ。それに……連れのお嬢さん、まさか野宿させるわけにもいかんだろう、なあ?」その言葉よりも、孫に小遣いをやるような表情に負けて、結局彼は申し出を受けた。

宿は結構な大きさだった。
風呂は、男女二つの大浴場に、貸し切りの露天が一つ。
どちらかと言えば年配向けの場所で、亮祐のような学生連れは他にはいないようだった。
だがフロントで名前を告げると、ちゃんと女将が出迎えてくれた。
色々と都合して頂いたようでどうもと、亮祐が頭を下げると、彼女は少し苦笑いなって、客室へと案内してくれた。

部屋に通されるとすぐに、二人は風呂を勧められた。
宿で食事をとらなかったから、その間に寝床の用意を、ということだろう。
しかし、そこで女将が下がり際、「申し訳ありませんが、暫くは露天の方の予約が混み合っておりまして。今日は御年配の方が多くていらっしゃいますから、少し遅めの時間ですと、入り易いかと思います」暗に早い時間は自重してくれと釘を刺して、「ではごゆっくり」と襖を締めた。

一瞬、ポカンと顔を見合わせた後、亮祐と由香里は二人揃って吹き出した。
「そっか、そりゃそうだよな。若い男女が二人っきりで泊りにくれば」
「そうね。ああ、でも、亮ちゃんはこれから"超すごいエロ"をする約束なんだから、あながち的外れな忠告でもないのかな?」
「いい加減そのネタは勘弁してくれ」
その後、二人はちゃんと男湯女湯に別れて風呂に浸かった。
内風呂とはいえ、岩やら檜やらで雰囲気を出した立派な作りで、亮祐はついつい長湯をした。
が、それでも流石に、由香里よりは早かったようで、フロントに預けた鍵を受け取ると、約束通り先に部屋に戻る。

すると、予想通り、座卓は寄せて灯りはスタンドだけになっており、そしてこれまた予想通り、二組の布団がぴっちりと寄せて敷いてあった。
「ふむー……、ん」何とも言えない溜息をついて、亮祐は部屋の明かりをつけ直すと、二つの布団をほんの少し離した。
それから、窓際の安楽椅子に座って、暇つぶしに持ってきた文庫本の頁を繰っていると、間もなく襖がごとごとと鳴る。
「開いてるよ」そう言って、一つ深呼吸をして、彼は部屋の入口の方を向いた。

「遅くなってごめんなさい。でもいいお湯だったわ」分かっていたのに、亮祐はやはりじっと見ずにはいられなかった。
髪を上げ、浴衣に着替えて寛いだ姿は、洋服の時のようなお嬢様然とした近寄りがたさを消していた。
長い髪が纏められているせいか、どことなく昔の面影もある。
だがそれだけに、隙の無い今までの雰囲気と違って、若い娘の艶やかな魅力が亮祐にはストレート感じられた。

やがて、彼の視線に気づいた由香里が言う。
「……ん?どうしたの?」
「湯上りの娘に全ての男がやる儀式だよ」
「え……あっ!ああ……。えと、その。あ、ありがとう?」
「いえいえ、こちらこそ。眼福にござりました」誤魔化しても仕方ないので亮祐が素直に答えると、思ったより彼女は動揺した。
それで逆に、亮祐の方は心に余裕が生まれてきた。
案外、直接攻められると弱い性質なのかもしれないな。
そんな事を思って、椅子を立つ。

「さてと、それじゃあ女将さんに怒られずに枕投げする方法を考えなくちゃな。周りは襖に障子、床の間には掛け軸に壺と来ている。さあどうすんだ?」
「あらら。急にやる気になったのね」
「おうよ。んでもって、勝ったら混浴にて"超すごいエロ"の成人版な」
「えっ」再び言葉に詰まった由香里は、吃驚したように亮祐の方を振り返り、そして冗談と分かってぷくりと頬を膨らませた。
その仕草が昔にそっくりで、亮祐はさらに笑いながら布団の上に腰を下ろす。
「やられてばっかりは性に合わないんでね。思い出したか?」
「ええ、もう」頷きながら、由香里も自分の布団にペタリと座った。
「それによく考えたら、亮ちゃんのすごエロは前もっての約束なんだから、枕投げの勝敗は関係ないものね」
「またそうやって。大体、一緒に泊まること自体どれだけ危険か解ってるのか?」
「約束のお泊会だから仕方ないわ。それに、昔を知ってるあなたが、私になんか……」
「それはどうかな」
言って、亮祐はにじり寄った。
布団に突かれた由香里の手の甲を自分の掌で包みこみ、反対の手で彼女の顎先を持ち上げる。
瞳に挑戦的な色が残っているのを確認して、さらに一歩踏み込んだ。
すると、湯上りで薄桃色に上気した肌から、えも言われぬ娘の匂いが漂ってきて、彼は思わず面を下げた。
視線の先には、ブラウスのように型の無い浴衣の生地が、その存外に豊かな膨らみの形を、よりはっきりと浮かびあがらせて──
そこまでだ、と頭の中で誰かが言った。
その後に、彼は自分が娘の手を掴む掌に力を込めるのを感じた。
上体が微かに前進し、彼女の不規則な吐息が己の首筋にかかっている。
もう少し、あと少しだけ。
なにを、少し?
はっとなって、亮祐は慌てて身体を戻した。
だが、少しばかり遅かった。
「すまん」
「何が?」
「俺が悪かった。そう怒るな」
「怒ってなんかいないわ。どうしてそういうの?」由香里は明らかに怒っていた。
亮祐に失望を見せた自分に対して、彼女は酷く憤っていた。
そして、亮祐もまた自分に腹を立てていた。
彼は、十年ぶりの幼馴染との水入らずの夜を、あと一歩で情欲の手段に変えかけた。

「十年たって、もう二十歳だもの。男の人と一緒に泊ってどうなるかぐらい、想像が付かない歳じゃないわ」
「だが俺は男の人じゃなくて、亮祐だろう」
「亮ちゃんは亮ちゃんだけど、十年よ。もう十歳じゃない。みんな変わってて当然なのよ」
「いいや。…やっぱりお前は変わっていないな。そうやって嘘を吐く時、足の親指を曲げる癖なんか昔のまんまだ」
「違うのっ!」
喉を絞るように言って、由香里はきつく敷布団のシーツを握りしめた。
だがそのまま俯くと、もうそれ以上何か言おうとはしなかった。
声を震わせずに喋れないのか、或いは喋るべき言葉も浮かばないのか。
亮祐は、そんな彼女の傍で、やはり同じ姿勢のまま黙っていた。

そうして、十分も経った頃。
ポツリと、亮祐は言った。
「なあ、お前はどうして、今日の約束に来ようとしたんだ?」
「…………」
「俺は、殆ど思いつきで葉書を出して、そしたら洋子やかっちゃんの御袋さんの手紙を貰って、それで引っ込みが付かなくなったせいだ。誰からも返事がなけりゃ、正直来なかっただろうと思ってる。勢いで葉書を出してなきゃ……やっぱり、来なかっただろうな。もう十年も昔の事で、しかも埋めたのはクッキーの空き缶、場所も深さも適当だ。だけど、ゆっこは一人でも来ただろう。そりゃ自分から音信を断った以上、呼びかけにくいってのはあったかもしれないが、それなら余計に来辛いところを、女の一人旅でやってきた。どうしてなんだ?」
由香里はすぐに返事をしなかったが、亮祐もここに来て引くつもりは無かった。
そのまま、さらに五分ほどして、彼もいい加減今の姿勢が辛くなってきた頃、由香里は小さく口を開けた。
「亮ちゃん、今日初めに会った時、私が化けたっていったよね?」
「ああ」
「人を化かすようになる前の私は、どんなやつだったのかなって、思って」
「今の私が他人から見てどう映ってるか、自分でも大体分かってるつもり。ねえ睦月君、素直に答えてほしいのだけれど、今日一日、私がどこぞのお嬢様の振りをしていると思った?」
「いや。そんなぶってる素振りなんぞ微塵も感じなかったよ。本当に俺と同じ生まれだったかと疑ってるところだ」
「ふふ、ありがとう。でも安心して、本当はただの猿真似だから」そう、自虐的に笑って、由香里は小さく身じろぎした。
それから、何か言おうにも言葉に迷う亮祐を上目遣いに制止すると、続けるね、と言葉を繋ぐ。

「きっかけは、本当にどうでもいいことなの。中学くらいかな、丁度再婚関係で家の中がゴタゴタしてて、ついでに私は反抗期の真っ盛りでね。周りの大人に文句言われるのが凄く嫌で、当て付けみたいにお行儀良くしてたわ。全く子供じみた発想だけど、前が前だっただけにそれなりの効果もあった。少なくとも、十四五の娘が、意趣返し出来たと自己満足出来るくらいにはね。でも、何時の間にかそうしてるのが普通になった。気付いたら、元がどうだったかなんて分からなくなってたわ。…いいえ、どうすれば元に戻るのかが分からなくなった、かな。下らない、ただの演技だったはずなのに」
一旦、由香里は言葉を切った。
自然と声が大きくなっていたのに気付いたらしい。
そしてやはり、自嘲的に首を振ると、声のトーンを落として続ける。
「本当の私、なんてものに拘泥するほどナイーブでは無いつもりだったけれど、でもそうね。……実は、今一つ、お見合いの話が来ているの」
「おおっと」
冗談半分、本気半分に慌ててみせて、亮祐は押さえたままだった由香里の手を離した。
だがそれは幸い、彼が意図したよりも軽い意味で受け取られた。
「気にしないで、そんなんじゃないから。父も母も少し早過ぎるって意見で一致しているし、でも成人もしたからとりあえず一つ、てところなの。練習会みたいなものね」
「じゃあ、お前はどう思ってるんだ?」
「悪くない話だとは思う。条件はいいし、何より相手の方に、その、私をと強く望んで戴いているようだし。それに、大学の方もね、私はほら、下に弟が二人いるでしょう。弘樹さ……父は、」恥じるように訂正して、彼女は続けた。
「問題無いっていつでも言ってくれるけれど、でも結局のところ、私に四大を出てまで特別修めたいものがあるわけではないの」
由香里が意図的に答えをずらした事は分かっていたが、亮祐は敢えて黙っていた。
本質的に、彼が関わる問題では無いし、それに彼女も先を続けたがっていたからだ。

「仮にこのまま決めたとして、その後、私はずっと今の自分を続けるでしょう。相手の方は、"淑やかな由香里"を──何だか、自分で言ってこれ程莫迦らしい言葉も無いけれど──とにかく、それを望んで下さっている。そして、私自身、今の猿真似を続けるのでいいなら、それが一番気楽なの。でも、このまま嫁入りして、母親になって、お婆さんになって。それじゃあ、西佐久での私の十年は、一体何だったんだろうなって」
今度は、亮祐も口を挟もうとした。
だが、彼女が続ける方が早かった。
「ごめんなさい、分かってるの、これが一番子供染みた考えだって。でも、私のおうちは水の底で、村の人はみんなバラバラ、それで育った子供まで変わってしまったら、西佐久はさあっ、お父さんはさぁ……っ!」
そのお父さんが誰なのかは、亮祐には聞くまでもなく分かった。
彼自身よく覚えている。
由香里たちと何度も一緒に遊んでもらい、そして何度も一緒に怒られた相手だ。

由香里の実父は、田舎の男にしては線の細い人だった。
それが持病のせいだったと亮祐が知ったのは、彼の葬式に出た後のことだ。
その三か月前、彼は娘の運動会に、父兄として参加していた。
この年はたまたま雨で開催日が流れて、平日の月曜に行われていた。
男親で参加したのは岩瀬の家だけだったから、亮祐は何の気に無しに、その事で由香里をからかった。
彼の骨にひびが入って接骨院に送られたのは、その日の午後のことになる。

気が付くと、由香里の手の周り布団に、はたはたと水痕が出来ていた。
彼女はもう喋ろうとはしていない。
元の様に俯いて、小さく肩を震わせている。

猥談が得意というわけでもないのに、由香里が無理に亮祐の昔話を振った理由が、今の彼には良く分かった。
彼女は彼に、昔通りの無邪気なエロガキでいて欲しかったのだろう。
全く、幼稚で稚拙な話だが、けれど割に本気で由香里はそれを望んでいた。
旧友達が、昔通りの姿で自分の前に立ち現れる事を、彼女は無意識に願っていたのだ。
そうすれば、きっと自分も昔のように戻れると信じていた。
だが、現実はそれとはかけ離れていた。
一人は死に、一人は行方不明、もう一人はさっさと結婚して子供までいた。
残った一人は、無邪気な悪戯心の代わりに、在り来りな男の反応、それもきっと彼女がうんざりするほど見せつけられてきた類のものを、返して寄越した。
それゆえ、由香里は失望した。

何とも、稚拙で拙い話だ。
西野由香里が望んだものは、故郷が水に沈まずとも、手に入れられるようなものでは無い。
手に入れたいと望むべきものでもない。
確かに、彼女の思春期は些か込み入ったものであったようだけれど、それでも由香里の発想は、本人の言う通りあまりに子供染たものだと言える。
亮祐はそう思った。

それでも、彼は同情した。
同郷の人間として、幼馴染として、同情せずにはいられなかった。

それに、彼女は、一つ大きな勘違いをしている。

「ゆっこ、枕投げをしよう」全く出しぬけに、亮祐は言った。
「……ぅえ?」
「ここの枕は、と……うわ、これ地味にいい奴だな。やっぱり破くと不味いから座布団投げにしよう。そんで、俺が勝ったら真夜中の露天風呂にて大人版凄エロな。まあ負けるつもりはさらさら無いが、もしゆっこが勝ったなら……」
「ちょ、ちょと待って、亮ちゃん」いきなりの展開について行けず、目を真っ赤に腫らしたままおたおたとしている由香里を、亮祐は座布団を押し付けて、黙らせる。
「お前のその馬鹿げた悩みを一発で解決する助言をやろう。但し、同郷のよしみで俺が手を抜くと思うなよ。エロがかかった時の亮チャンマンの本気は憶えてるだろう?ま、嫁入り前のお嬢様の貞操は、美味しく頂かせてもらいましたということで」
「な、何言って、はぶっ!」
「よし、試合前の紳士的な拳合わせ完了。いくぞ、いっせーのせっ」
十年ぶりの本気で、亮祐は枕投げを開始した。
投げつけるだけの間合いが無いので、実際は座布団でバタバタと叩いているだけだが、それでも年頃の娘にするには間違いなく憚れる苛烈さで、彼は容赦なく由香里を攻めた。
まず上からバンバンと振り下ろして、相手を守勢に追い込ませる。
そして座布団を盾に防御態勢を取ったところを、今度は正面から勢いよくぶつけて、彼女を仰向けに押し倒す。
その上に馬乗りになる格好で──実際は、膝立ちに相手の体を挟んだ形で──亮祐は彼女のマウントを取った。

由香里の座布団を力任せに引き剥がす。
すると、突然の狼藉に対する、困惑と苛立ちの混じった表情が、娘の顔に浮かんでいた。
どこか憶えのあるその顔色に、亮祐は内心ほくそ笑む。
こんなことで、簡単に剥がれかける化けの皮を、何故誰も破いてやろうとしなかったのか。

──いや、むしろ当然か。
こいつを剥がしてやれるのは、この世に三人、あの世を合わせても四人しかいない。

敗者を蔑むべく、亮祐は見下ろして言った。
「おめぇ、おっせぇーなぁ」十一年前、運動会の日、石垣の上で由香里に言ったのと同じ言葉。
父兄混合のバトンリレーで、最下位だった由香里の組を、亮祐は得意げにからかった。
その後にはこう続く。
「父ちゃんが出たのお前んとこだけのくせに、その父ちゃんが一番おせぇじゃないか」この直後に、二人は二メートル弱の高さからダイブした。
以来、その言葉は、二人の間で絶対の禁句になっている。

それを再び口にするべく、亮祐の唇が「と」の形に開く。
だが、肺の空気が彼の声帯を震わせる直前、由香里の右腕が座布団へ伸びた。
「ごふっ!」そして直後、強烈な一撃が亮祐を見舞った。
由香里は座布団を掴んだ右手でもって、完璧なストレートを顔面に決めた。
座布団で叩いたと言うより、まさに座布団をグローブ代わりにしたパンチといった感じだった。
膝立ちで不安定な姿勢だった亮祐は、もんどり打って後ろに倒れた。
そこはちょうど良く布団が途切れていて、彼はしたたかに後頭部を畳へと打ちつけた。
だが、その頭の中で、亮祐はガッツポーズを決めていた。

火花が飛び散る瞼の内側に、直前の光景はしっかりと焼き付いている。
茶色い布地に全ての視界が奪われる瞬間、彼はとても懐かしいものを見つめていた。
日頃のストレス、長旅の疲れ、そして腹の奥を吐き出させられたことによる心の痛み。
それらが、最後の絶対冒してはならない一言によって圧縮され、ついに発火した瞬間の表情を、亮祐はこの目でしかと見た。
ゆっこが、「悔しい」と吠える瞬間を。

彼女は、ずっとそう叫ぶべきだったのだ。
母親の再婚にせよ、自身の見合いにせよ、悔しいのならそう認めるべきだった。
思えば、由香里がお嬢になったのは当然の帰結だった。
両親を敬い、邦を尊び、約束を遵ずる。
そんな娘が、大人の作法と、自分を抑える事さえ覚えれば、日本的令嬢が出来上がるのは当たり前のことだったのだ。
彼女は、何も変わっていない。
西佐久村大字の岩瀬家の娘は、ただ立派な大人に成長して、そしてひょんなことから少しだけ自分を抑える仕方を間違えただけのことだ。

それが証拠に、昔仲間がちょっとタガを外してやれば、彼女は元通りの苛烈さを見せる。

若干ふらつく頭を腹筋のバネで無理やり起こして、亮祐は布団の上に座り直した。
由香里は、少し呆けたような表情でこちらを見ている。
だが起き上がりざま、亮祐が放った横からの一撃を彼女はしっかりとガードした。

枕投げはまだ終わってはいない。
十年前、由香里が約した「枕投げ」は、相手が降参するか、はたまた物を壊して怒られるかするまで終わらない、本気の勝負だった。
それに今回は"亮ちゃん"がいかにも好みそうな景品まで付いている。
だから、亮祐は絶対に勝ちを諦めない。
そして、由香里も諦めてはいなかった。
正面からの振りおろしを片手でつかむと、彼女は鮮やかな胴を鳩尾に決めた。
少し本気でほがる亮祐に対して、彼女の唇が愉快げに歪む。
彼を見惚れさせるのでは無く、奮い立たせるような、どこか猟奇的な笑み。
それは同時にこの上なく煽情的で、亮祐は心臓が飛び跳ねるのを感じた。

それから二人は、小学生もかくやと言うようなはしゃぎ方をした。
由香里は、シーツを使った目くらまし、フェイント技、何でも使ってガムシャラに勝ちを取りにきた。
対する亮祐も手加減せず、ただ顔にだけは絶対に当てないようにして、ほとんど力任せに座布団を振りまわした。

その結果、最後は亮祐の勝ちとなった。
二人が本気を出した故の、当然の結末だ。
再びマウントを取った亮祐は、由香里の座布団を手の届かない所へ吹き飛ばし、言った。
「はあっ、はっ……俺の勝ちだな、ゆっこ」
「ふはっ、ふ?……。そうね、私の負け。
───ふふ、あーもう、本当に悔しいわ」
そう言う彼女の顔は、決して満面の笑みでは無い。
少しだけ歯を食いしばり、本物の悔しさが滲む歪んだ笑顔だ。
けれど、その表情は、間違いなく今日一日で一番、ひょっとしたらこの十年で一番、生き生きとしたものだった。

*
夜半過ぎ、ロビーが無人な事を確認するように覗きこんでから、亮祐はそっと渡り廊下へ踏み出した。
その様を見て、三歩遅れてついて行く由香里がころころと笑う。

「女将さんに見つかったって、別に怒られたりしないわよ」
「いや、そうじゃなくてだな、う……畜生。余裕ぶってんのは今のうちだけだぞ」
「そうね、全く仰せのとおり。だからこそ、今のうちに優位に立っておかなくちゃ」露天風呂へと続く簀子の上をトテトテと渡りながら、二人は小声で軽口を言い合った。
何だかんだ言って、両者とも酷く緊張しているのだ。

十年越しの枕投げ再戦が再び亮祐の勝ちで終わった後。
約束通り、彼らは一緒に露天へ入ることにした。
勿論、亮祐はそのつもりで勝った。
その覚悟で勝った、と言うべきか。
ともかくも、彼女の長い独白を聞いて、その決定的な勘違いを己が解いてやると決意した瞬間、こうなる事は本気だった。

けれど、その興奮が、いざ手に手を取って気後れするほどの二十歳の娘と一緒に脱衣場へと向かう瞬間、同い年の相方に残っているとは限らない。
自分が言い出しっぺなら尚更だ。
無論、別の意味での興奮はあるのだが、そいつはいざと言う時まで、かえって男の緊張を倍加させる困りものである。
対する由香里は、形だけとはいえ、亮祐に言われて従うという立場の分、少しだけ気楽なようだった。
少なくとも、こうして二人で風呂へ向かっている間に限っては。

露天風呂に着くと、ちゃんと女将の予想通り空いていた。
入口の脇に提げてある予約表を見ると、もう一時間半近く誰も入っていないようである。
今なら、飛び入りの彼らが暫く使わせてもらったとて、宿側も文句なかろうという事で、亮祐はさっと一時間分の名前を書くと、由香里とともに暖簾をくぐった。

内風呂と違って、露天の脱衣場は酷く狭かった。
せいぜい家族単位での入浴しか想定していないので当たり前なのだが、するていとお互いすぐ真横で浴衣の帯を解かなければならない。
これから、同じ湯に浸かろうと言うのに何をという問題ではあるのだが、それはそれ、最初の一歩と言うものは常に踏み出しにくいものである。

帯に手をかけつつ、そっと横目で亮祐が窺うと、由香里はわざとらしく温泉の成分表などを読んでいた。
勿論、それは女湯に貼ってあるものと一字一句変わらない。
そして後ろ手に組まれた両手の親指が、もぞもぞと気忙しそうに動いている。
「あー、ゆっこ?」
「は……。はい」返した声が少しだけ掠れてしまって、由香里は決まり悪そうに言い直した。
しかし先刻と同じく、それでかえって亮祐にはほんの少しの余裕が生まれた。

さっと帯を解いて、浴衣の袖を肩から抜きつつ、彼は言った。
「夜中とはいえ、あんまり長々と占有するのは気が引けるしな。そろそろ入ろう」
「うん。そうね」しかし、そう言って帯紐を解きかけた彼女は、亮祐が下着に手をかけたところで、「あの」と小さく声を上げた。
「少しだけ……失礼なことを聞いていい?」
「何なりどうぞ」
「その……あなたは、こう言う経験が、ある方なの?」
「いや……こういうのは、ないな」
高校の頃、亮祐にも少しの間交際をした娘がいた。
何度か映画などに出かけ、その度に口吸いなどもしたりしたが、結局それだけだった。
お互い、男女の交際がどんなものか分かると、それで興味は尽きてしまい、卒業と同時に何となく別れた。
一番接近したのは、埃っぽい体育館の舞台裏で、彼女の胸に触れた時ぐらいだろう。

だが、そんな事情を、彼の言葉の濁し具合からあっさり感じ取った由香里は、「そう」と小さく呟いてから、「でも、私よりは頼れそうだし。その、色々任せてしまっていいかしら」
「ああいいぜ。全く、男冥利に尽きるところだ」
「それはよかったわ。それで、あの、早速尋ねたいのだけれど」
「うん?」
「私は、その、この場で一緒に脱ぐのかな。それとも、後から遅れて入ればいいの?」
酷く真剣な顔で尋ねられて、亮祐は思わず吹き出した。
それに少し怒ったような顔を見せた由香里だったが、しかし自分が馬鹿な事を聞いているという自覚があるのか、抗議の言葉は口にしない。
そんな彼女に、亮祐は少し悪戯心が湧いてきた。
「そうだな、俺が脱がすという手もあるか」
「えっ……ふぇええ!?」
亮祐が帯に手をかけると、由香里は素っ頓狂な声を出した。
だが、実際に彼が浴衣を剥ぎ取りだすと、その身体は金縛りにあったように固まった。
そんな彼女を面白がるように脱がしていった亮祐だったが、その素肌が露わになると、こちらも同じく固まらずにはいられなかった。
「そんなに、もう。昔、全部裸の所だって見てるでしょう」
「馬鹿言え」下着姿を凝視されて、娘が堪らず漏らした言葉に、彼の返した声は掠れていた。
が、こちらは彼女の心に余裕を与えるというわけにもいかないようだ。

亮祐の指が背中のホックに掛ったところで、由香里は少し非難がましい目で彼を見上げた。
自分が履いたまま、人を脱がすのはどうなのか、と言う意味らしい。
「分かった分かった」そう言って、亮祐は思い切りよく下着を脱いだ。
だがその隙に、彼女も同じく素早く上下の下着を取り外して、身体の全面にさっと手ぬぐいを当ててしまった。
その薄く頼りない布地は、意外とメリハリの利いた由香里の身体をおよそ隠し切れてはいなかったが、それでも、他人の手で脱がされるよりはマシ、ということだろう。

亮祐に、少しだけ残念に思う気持ちが無いわけでは無い。
しかし、細い両腕とささやかな布きれでもって、真っ赤になりながら自分の身体を押さえている由香里を見て、余り望み過ぎるのも罰が当たると、苦笑した。

風呂はやはり石造りで、こじんまりとしつつも、決して貧相な感じはしなかった。
風呂の向こうはダム湖になっていて、明るい時間なら結構な眺望が楽しめるのだろう。
残念ながら、今は漆黒の闇の中だが、ちょうど上り始めた下弦の月が、ゆらゆらと湖面に反射していて、これはこれで風情がある光景と言えなくも無い。

もっとも、そんな景色を楽しむ余裕など、若い二人にある訳が無かった。
「よいしょ、と。そこの石滑るぞ、気を付けろよ」
「う、うん」簡単に掛け湯だけして、亮祐は由香里の手を取り、早速湯船に足を浸けた。
お湯は内風呂と比べて随分とぬるい。
ゆっくり景色を楽しんでもらうと、のぼせないような温度設定になっているのだろう。
およそ眺望など楽しむ状況にない彼らだったが、この配慮は別の意味で有り難い。

手ぬぐいを脇に置いて、中ほどまでざぶざぶと入る。
それから彼が振り向くと、由香里は予想通り、湯船の端で手ぬぐいを取れずに立っていた。
「浴槽に浸けるの禁止」
「分かってっ……て、あ…」有無を言わせず、さっと手ぬぐいを取りあげる。
脱衣所から漏れる黄色い灯りと、東の空に上る青白い月が、娘の真っ白な裸を照らし出した。

染み一つ無い、硬質な陶器を思わせるような肌に、亮祐は思わずじっと見入った。
脱衣所でそのほとんどを見ているとはいえ、こうして何一つ隔てるもの無く直視した彼は、やはり溜息を吐かざるを得なかった。
胸に宿る豊かな膨らみから、全く無駄の無い腰回り、そして水面へと沈むすらりとした両脚が作る曲線美は、こちらが気後れするほどの完璧さを誇っている。
だがそれで、亮祐が由香里に臆するようなことは無かった。
薄暗い月明かりの下でも分かるほど、真っ赤になって目を泳がせているその表情は、間違いなくゆっこのものだからだ。

彼と目を合わせると、由香里はさすがに堪らないといった感じで、お湯の中へ身体を下ろした。
とはいえ、ここの泉質はサラサラとした無色透明が売りだから、それで完全に男の視線から逃げ切れるわけでも無い。
くすくすと笑って自分も半身を湯に浸けると、亮祐はすかさず娘へとにじり寄る。
そう大きくも無い岩風呂には逃げ場も無く、端っこで固まっている彼女を、彼はひょいと横抱きにすると、自分の膝の上に乗せた。

興奮した男のものが尻に当たって、由香里が小さく悲鳴を上げる。
だが亮祐がその顔色を窺うと、彼女は何でも無いというように、プイと視線をよそへやった。
黙認を得て、彼は早速娘の体へと手を伸ばす。
初めは臍の辺りを、安心させるように何度かぐるぐると擦ってやる。
それから、由香里が他人の手に慣れた頃合いを見計らって、亮祐は娘の乳房を掌でそっと持ち上げた。

「……んっ」小さく力を加えると、指の間から僅かに零れる。
決して小さくない彼の手に、丁度すっぽり収まる程度のそれは、今までで一番柔らかな場所だった。
亮祐がほんの少し力を込めるだけで、美しい双丘は彼の意のままに形を変える。
だが内側に指を沈めようとすれば、それらは慎み深い力でもって押し返す。
やがて人差し指が薄桃色の頂きを捉えた。
指の腹に天辺を乗せて、そっと内側へ押し潰す。
それから、淵で円を描くようにすると、娘の呼吸が変わってきた。

けれど、その吐息に声が乗るには至らない。
こういう事に自信があるわけでもない亮祐は、再び娘の顔色を窺った。
すると、赤い顔のまま酷く真剣な表情で、じっとこちらを見つめる由香里と目が合った。

「……ゆっこ?」
「あっ、その、ごめんなさい。……続けてくれて、いいよ?」
「いや、正直俺も自信があるわけじゃないしな。マズッたんなら、言ってくれた方が、」
「違う違う、そんなんじゃないの」亮祐の言葉を遮って、彼女はぱたぱたと首を振った。
それでも彼が止まったままでいるので、由香里はやや言葉を選ぶようにしてから、言った。

「えと、亮ちゃんの表情がね。なんと言うか、とても昔に似ていたものだから」
「…………は?」
「こう言う時の男の人って、もっとその、いやらしい顔をしているって思っていたんだけれど。今の亮ちゃんは、そうね、昔内緒で学校のレコード機を分解しちゃった時に、ちょっと似てるわ」
「そ、そうか」
かなり意外な事を言われて、思わずどもる亮祐をよそに、彼女はうんうんと一人で頷いた。
「そうなの。私もそう。あの後、針だけ取り出して、皆で石引っ掻いて硬い硬いって大騒ぎした時の気分。すごく恥ずかしいけど、緊張して、でもドキドキしてて。……ふふ、何だかちょっと懐かしいね」もちろん亮祐も憶えている。
その後、担任に見つかって優に半日は怒られた。
そして今の由香里の瞳は、確かにその頃の感じできらきらしている。
だが今現在、一人で盛り上がっていたと分かった亮祐は、何ともやる方のない気分だ。

「そうかい」
「うん。だから、もっと好き勝手にしてくれていいよ」直前の会話が無ければこの上なく嬉しい台詞だが、今となってはそうもいかない。
しばし投げやりに揉んで──それでもちゃんと興奮する自分に軽く自己嫌悪しながら──亮祐はええい、と立ち上がった。

「さてじゃあお嬢さん、そろそろ『超凄いエロ・成人指定』のお時間ですよ」
「ふふ、分かったわ。今までのは亮ちゃん的に、まだまだ子供向けなのね」
「そうとも。ここから先は、いかにゆっこでもドン引きするぐらいの酷いヤツだから」
「でも、亮ちゃんとかっちゃんがいきなりレコード壊し出した時、私最初は普通に引いたよ?」
「……もうええ。お前ちょっと口閉じてこっちゃ来い」
そう言って自分が口を閉じると、亮祐は由香里の手を引き、湯船の端へと連れて行く。
そして、足湯をするために座り易くなっている岩へ自分がストンと腰を下ろすと、露わになった一物から顔だけ背けている彼女に言った。

「お前、フェラチオって知ってるか」
「ふぇらちお?」
「いや、知る訳ないよな。男でも知ってるのビデオ持ってる奴くらいだし」
「あら、うちにもあるわ。ベータマックス」
「そっちじゃダメなんだ。って、んな事は今はどうでもいい」
ごほん、と一つ咳払いをして、亮祐は由香里の手を自分のものへと誘導する。
そして、さすがに慌てた表情になる彼女へ、出来るだけ平調で彼は言った。
「こいつを、お前の口で扱いて欲しい。……言っている意味、分かるか?」
ポカンと口を開けたまま、由香里は優に十秒は固まった。
徐々に居た堪れなくなってきた彼は、もう一度、彼女の手を取り、これを、そこへ、と指し示す。
そこでようやく頷いた彼女は、特大の溜息をついて、言った。
「分かったわ。……………………何と言うか、さすがは亮ちゃんね」
「最高の賛辞、ありがとう。で、やめとくか?」
「いいえ、やるわ。約束ですから」そう言って、由香里は在りし日のように、思い切り不敵な笑みを浮かべてみせた。

亮祐の腰元へやってくると、由香里はそこで立て膝を突いた。
それからおずおずと、屹立した一物へ指をからめて、幹のところを握っていく。
両手で挟みこむようにすると、彼女は一旦顔を上げた。
「その……」
「まず、舌を出す」
「ん」ペロ、と由香里は素直に舌先を伸ばす。
続いて、『次は?』と上目遣いに指示を仰いだ。
その様に、どこか子犬的な可愛らしさを感じて、亮祐は彼女の頭へと手を伸ばす。
「よしよし。そのまま頭を下げる」
「……ん」今度は一拍、返事が遅れた。
しかし、頭に掛けられた男の手に従って、由香里はゆっくりと彼の一物に舌先を寄せて行く。
触れる直前、彼女は一旦動きを止めて、目を閉じた。
それから小さく息を吸い込み、はずみを付けて思い切りよく頭を下ろす。

「んあっ……!」柔らかな舌先が、傘の天辺を叩いた瞬間、娘はピクリと身体を震わせた。
だが、それでも頭を戻すような事はせず、味蕾を裏筋に押し付けたまま、じっと状況を受け入れる。

彼女が落ち着くのを見計らって、亮祐は言った。
「とりあえず、先っぽをぺろぺろと頼む。飴玉でも…棒付きのやつな。舐める感じで」こくりと首だけで返事して、由香里はチロチロと舌を動かした。
最初は舌の腹を使って、エラの部分を押し上げる感じ。
それに段々と慣れてくると、今度は舌先を細く窄めて、先端をくるくると舐め回す。
「れる…れろん……んちゅ」
「……く」舌の動きが活発になると、亮祐の口から早速耐えるような吐息が漏れた。
先端からは、既に先走りのものが漏れ始めている。
全てが素人の娘の愛撫は、男のツボを突いたそれでは無い。
だがそれだけに、この何物にも侵されたことの無い淡紅色の舌先を、自分が最初に穢しているのだとういう実感が、亮祐の官能を深く煽り立てていた。

両足の付け根が熱くなり始めたのを感じて、亮祐は言った。
「んっと。先っぽはとりあえずいいから、今度は幹の方を舐めてくれ」
「れむ。……はい」握りしめていた両手を開いて、付け根の部分へと舌を伸ばす。
そこで先ほどと同じように、ペロペロと舌を使う由香里だったが、これに亮祐は注文をつけた。
「そこは、さっきと同じじゃなくてだな。なんつーかこう、ハーモニカというか、」
「ハ、ハーモニカ!?」
「いやすまん、分かる訳ないよな……。なあ、ちょっと頭、掴んでいいか」
「うん、任せるわ。……その、ごめんなさいね?」上目遣いに謝辞を言われて、亮祐は「いいーんだよ」と強引にその頭を押し下げた。
ここまで来て、そんな仕草に一々恥ずかしがるのもどうかと思うが、しかしツボに来てしまった際はどうしようもない。

「首曲げて……そう。で、唇に挟んで、吸ってみてくれ」
「んぶっ……んちゅ、ちゅるれる」頭を剛直に対して直角に寝かせて、その根元当たりを横の方から銜えさせる。
しっかり吸いついたの確認して、彼は娘の頭を上下させた。
「ちゅううぅ……はむ、んあ……れる」二三度、亮祐がリードしてやると、後は手放しでもスムーズになった。
柔らかな口の粘膜が、左右から交互に優しく扱き上げる。
上体を押し付ける様にして動いているため、彼女が剛直を舐め上げる度に、彼の太股で二つの乳房が柔らかく潰れた。

「じゅぷ……れむ…んぁ……あ、んちゅっ!?」と、由香里が突然、口先を鋭く窄めるようにして、傘の裏側をきつく吸った。
ふいに鋭い快感が走って、亮祐は少々情けない呻きをあげる。
しかし、幸いな事に由香里が気付いた様子は無かった。
彼女は彼女で、別の事に焦っている様子である。
「どうした?」
「ご、ごめんなさい。涎が垂れてしまいそうになって」そう言って、由香里は少し気まずげに口元を拭おうとした。

「ああなんだ。いや、寧ろいっぱい、べとべとに垂らしてくれて構わんぞ」
「ええっ、そうなの?それって何か、汚くないかな?」剛直に口を寄せたままで、目を丸くしてそう言う娘に、亮祐は思わず吹き出した。
ここまで来て、汚いもへったくれもあるはずが無い。
だが、その一見頓馬な発想は、いかにも無垢な由香里らしくて、彼の笑いと官能のツボをくすぐった。

「大丈夫、汚くない汚くない。まあでも、気になるんなら、こぼさないよう様に飲んでもいいぞ」
「わかった、そうする。涎を垂らしっぱなしにするのは恥ずかしもの」そう言って、由香里は今までもよりもしっかりと唇を窄め、敏感な傘に吸いついた。
そして、先端から滲み出す先走りのものを、唾液ごとコクンと飲み下していく。

「れるれる……んっちゅる…ぢゅちゅぅ……はむ」
「……くっ」吸引の力が強まって、亮祐はいよいよ我慢が効かなくなってきた。
腰から背中にかけてが、温泉の熱とは別のものでじっとりと汗ばんでいる。
両脚の付け根の辺りでは、先ほどから不随意な脈動を始まっていた。
「ゆっこ、もう一度頭、掴むぞ」
「ぢゅぷ、はひ…………んあぶっっ」
「舌止めないで、絡めて」位置を正して、一気に中程まで銜えさせる。
吃驚して止まりかけた由香里だったが、彼の低い声を聞いてすぐに愛撫を再開させた。
先端から、付け根、裏側と、味覚器官の全てを使って、男の剛直に奉仕する。
経験が無い彼女にも、彼が余裕の無い状態であることが、段々と分かってきた。

娘の口が動き出すと、亮祐も抽送を開始した。
「んぶ……ちゅるぅ…あぶっ……はむぅ」奥まで突き込んで、咥内の熱と肉圧をモノ全体で味わう。
また傘の辺りまで引き抜けば、唾液を零すまいとする由香里の必死な吸引が、敏感なエラ筋を刺激した。
素人としては出来すぎともいえる奉仕に、彼の体は一気に高みへと走り出す。

「ぢゅぶっ…あむ……はうっ……あぐぅ」抽送に少し角度をつけて、男は由香里の口を隅々まで蹂躙した。
纏わりつく舌に敢えて逆らい頬を突き、口蓋を撫で、歯茎を擦る。
それから、喉奥ギリギリまで挿しこんで、彼女の熱心な舌使いを満喫する。
口の中が唾液で一杯になって来ると、由香里が唇を窄める様にするので、そこにエラを引っ掛けてじゅぶじゅぶと扱いた。

「じゅる……あむ……はぐっ!…んあっ…ふぁむっ」抽送のペースが小刻みになる。
頭を押さえる腕の力は、今や彼女が鈍い痛みを覚える程になってきた。
逆らいようの無い男の力。
直接被害を受けたわけではないが、加減を知らない男の子たちに、少しだけ怖い思いをしたことが由香里にもある。
だが、確実に恐怖の対象だったはずのそれが、今は微塵も怖く無かった。
突然人が変わったようになる男は怖い。
でも、亮祐のこれはそうでは無い。
夢中になるとすぐ我を忘れて、人様に散々迷惑をかけた、昔のあの子そのものだ。

──実際は、そのものではないかもしれない。
けれど、あの頃の亮ちゃんと同じものが、今の彼にも残っている。
それだけは確かだ。

「じゅぽっ…あぐっ!…けほっ、んぐぐ」
「ゆっこっ……くっそ」膨らんだ先端が娘の喉輪を捕えた時、亮祐の全身がきゅっと引き攣った。
一瞬、全ての動きが停止して、その直後。
「はく……んぶぅっ!!」娘の口の深い所で、男の剛直が傘を開いた。
激しい奔流が鈴口に当てられた舌で口中に飛び散り、内側を真っ白に染めて行く。
吐き出された精は、すぐに咥内いっぱいに溜まって、彼女の味蕾に男の精の味と舌触りを教え込む。

だがこのままでは溢れてしまう。
そう思った時、彼女はごく自然に、喉を開いて亮祐のものを飲み下し始めた。
「んん゛ぅ……んんっ…。んく。んっく」一気に喉を通そうとして、思ったより粘性が強くて引っかかる。
そこで由香里は、舌を動かして唾液と絡め、何度かに分けて飲み込んだ。
口の中でぐちゅぐちゅとやっていると、その刺激で再び白濁が漏れ出して来る。

「んんぅ…ごく…ん…く……」都合、十回近く噴き上げたところで、亮祐は一先ず収まった。
その間、零さないようぴっちりと唇を締めていた由香里は、同じ数だけ喉を鳴らして、一滴残らず飲み下していった。
「んくぅ……。っぷは」大きく息を吐いて、彼女の頭がようやく男の腰元から離れる。
娘の唇と剛直の間に、一瞬白い橋が掛かって、やがてぷつりと自重で落ちた。
そうして、彼女が頭をもたげたところで、二人の視線がぱったりと合う。

「……お疲れさん」
「……お粗末さま」そんなことをポツリと言い合い、二人は揃って吹き出した。
直前までの淫猥な行為が嘘のような、懐かしい無邪気な笑い方で。

それから、亮祐は由香里の身体を膝上に抱いて、ゆっくりと長風呂を楽しんだ。
懐に抱く柔らかな肌を存分に味わいつつも、先程までは見る余裕の無かった外の風景──月明りにうっすらと浮かぶ故郷の山々やダム湖の様子などを、彼は二人で飽きるまで眺めていた。

背中をすっかり亮祐に預けて、湖面の月を見ながら由香里が言う。
「こうしてさ、全部が暗くてぼんやりしちゃうと、余り変わって無いって気もするね」
「ああ」
「昼間は、どうしても変わった所ばかりに目が行ってしまったけれど。今は、やっぱりここは西佐久なんだなあって、思うわ」
「そうだな。ダムで沈もうが何だろうが、土地に足が生えて逃げ出す訳じゃないもんな」亮祐がそう答えると、由香里は胸に当てられた彼の手を抱き込むようにして、言った。

「莫迦ね、私。変わる変わるって一人で騒いで。人も土地も、年はとるけどそれで別物になんか成るはずが無い。亮ちゃんだって、西佐久随一の問題児が、すごく立派な男の人に成長した、ただそれだけのことなのにね」
「おいおい」図らずも、先ほど自分が思ったのと同じ言葉を掛けられて、亮祐は思わず苦笑する。
だが、苦し紛れに放った戯れ言は、思わぬ角度で返ってきた。

「全く、ついさっき、野獣に変身した男に襲われた娘の言葉とは思えませんな」
「そう?でも、ふぇー…ナントカをしてた時の亮ちゃんが、一番昔の面影があると私は思うな」
そう言って、くすりと笑う二十歳の娘に、敵わないなと首を振り。
降参したと両手を上げる代わりに、亮祐は再び掌の膨らみを弄び始めた。

*
翌日、午前十時過ぎ。
宿を引き払った亮祐達は、国鉄の無人駅を目指して、朝の温泉街を歩いていた。
お互いの手には旅行鞄が一つずつ、亮祐の隣を半歩遅れて、由香里が後からついて行く。
話の尽きなかった昨日と比べて、今日は朝から二人とも言葉少なげだった。
だがそれは、決して気不味さのある重い沈黙では無い。
彼らは自ら進んで、何もせずただ一緒にいる時間を楽しんでいた。
一緒に何かして楽しむ時間は、もう昨日の内に十分堪能してしまったからだ。

昨晩、続きの風呂で、また部屋に戻ってからも、亮祐はずっと由香里を離さなかった。
離した布団を元に戻して、枕を寄せ合い、スタンドを残して、二人は一晩中とりとめのないお喋りに興じていた。
十年と一日前、今は水の底にある平屋建ての学び舎で、五人でしたのと同じように。
途中、若い湯上りの娘に、亮祐の男が反応したが、それは問題にはならなかった。
彼は盛る度に形の良い膨らみを揉みしだき、口を寄せ、腰奥の翳りにまで手を伸ばした。
そして最後は、遠慮なく娘の口へと己を放った。
恥も外聞も無く、亮祐は十の少年と同じ素直さで欲望を口にし、由香里はそれを受け入れたのだ。
秘園を漁られ、思わず漏らした自らの嬌声に顔を真っ赤に染めながらも、その横暴さは懐かしいと彼女は言った。

そこまで身体を許しておいて尚、二人の夜は同郷を偲ぶものだったのだ。
互いの身体を散々に弄りながら、彼らが交わすのは睦み言では無く昔話だった。
一つ枕に頭を並べて、彼らは目を閉じ口吸いをする代りに、互いの瞳に映る十年ぶりの自分を見つめていた。
無論、亮祐に前者を望む気持ちが無かったわけでは無い。
事実、彼は今でも、隣の娘の手を取って肩を抱き、道の端に寄せて唇を奪いたいという思いを抱いている。
心のどこかに、それが自然だろうと主張する部分が存在している。
けれど同時に、そ'ん'な'こ'と'のために今の一時を浪費するのは、とても勿体無いことだとも思ったのだ。

土産物屋などを冷やかしながら、小一時間ほど歩いて、亮祐の背中が軽く汗ばんできた頃。
彼らは、とうとう目的の無人駅に到着した。
ここから先、二人の帰り道は真反対に別れている。
時刻表によれば、まもなく由香里の汽車が到着し、その半時間後に亮祐の番となっていた。

古い木製の待合小屋には、地元の学生らしい少年達が、椅子を車座に並べて談笑していた。
そこへ彼が近づいて行くと、何人かがそれとはなしに、後ろの娘を目で追った。
由香里に気付かれぬよう、影こっそりニヤリとしてから、亮祐は彼女を振り返る。

秋山の高い日差しも何のその。
つばの広い帽子の下で涼しげにたたずむ由香里の姿は、昨日あれほど大騒ぎした彼の目にも、やはりどこぞの令嬢かの様に映っていた。
しかし、半歩近づいて庇の下の表情を窺えば、その印象は一日前とは真逆になる。

昨日、亮祐をドキリとさせた、どこか近寄りがたく、それでいて庇護欲を煽るような危うさが、今はすっかり薄まっていた。
代わりに、その二つの瞳には、こちらの背筋を伸ばさせる様な、凛とした力が宿っている。

決して、十年前の彼女に戻ったという訳では無い。
西佐久の十年が簡単に消えないのと同様に、そこから今日に至る十年も、立派な彼女の歴史なのだ。
だから、たとえ昨日、十年ぶりに会った由香里が、今の彼女だったとしても、彼は同じだけ驚いただろう。

だが、少なくとも。
睦月亮祐個人には、今の方が由香里に似合っていると感じられた。

つと、亮祐は自分が、彼女をじっと見据えていた事に気が付いた。
そして同時に、由香里の方も、彼の方を何も言わずにじっと見ていた。
彼女の目には、昨日と今日の自分がどのように映っているのだろう。
そんな事を思った時、近くの枕木がコトコトと音を立て始めた。
「おう、来たな」
「そうね」そう言って由香里が後ろを向くと、微風がさらりと後ろ髪を揺らした。
昨日一晩かけて、ようやく少しだけ嗅ぎ慣れた匂いが、亮祐の鼻腔をこそばゆくくすぐる。

「次はどうする。また十年後か?」亮祐は言った。
「ふふ、それもいいね」大きくなる列車の音に負けないように、由香里が少し声量を上げる。
「今度はみんな三十かあ。それまでには、私も結婚しておきたいわ」
「おいおい、お前がそこまで売れ残ってるわけ……」言いかけて、亮祐ははっと気が付き口をつぐんだ。
すると、由香里は少し恥ずかしげに目を伏せて、言う。

「まだ、断ると決めたわけでは無いの。でもいい機会だし、じっくり父と話をしようと思う。お見合いのことだけでは無くて、今までのことも、これからのことも」
「そうか。……頑張れよ」
「うん」それから、由香里は帽子を取ると、しっかりと見上げて亮祐に言った。
「貴方のおかげ。ありがとう、睦月君」
そこで丁度、一両編成の汽車がホームに滑り込んできた。
彼女はそのまま身を翻すと、少年たちに続いてドアへと向かった。
最後の乗客が扉を閉めて、車両が少し動き始めたところで、窓際に現れた由香里が小さくこちらに手を振ってくる。
その時ようやく、亮祐は何とか彼女に手を振り返すことが出来た。

列車が見えなくなるまで、彼はその姿勢で固まっていた。
それからやおら、「くっく」と肩を震わせて笑い始める。
「……ちっくしょう。ゆっこ、やっぱりお前は、変わったよ」
貴方のおかげ──その台詞を、由香里は隙の無い、完璧な笑みでのたまった。
裏を読みようの無い、逆に言えばどうとでもとれる表情で、亮祐が自分の都合のいいように解釈しても“仕方がない”ように彼女は言った。
彼に下駄を預ける形で、しかしそれが男の負担にはならないように。
二十歳になった岩瀬家の長女は、最後の最後でそんな表情を亮祐に見せて、西野の家へと帰っていった。

六時間後。
無事東京に戻った亮祐は、帰りがけに閉店間際の文具屋に滑り込むと、店仕舞いに忙しい主人を呼び止めて言った。

「便箋と封筒をください。一番、上等なやつを頼む」

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