僕の長い初恋 1
2023/05/05
血は繋がってないけど本当の姉以上に大事な人、その人の名前はみどり子姉ちゃんという。本人は今でも「今時色の名前なんて・・しかもみどりなんてどう思う?」
というが僕はずっと大好きだ。だって凄く優しそうな名前で彼女にピッタリだから・・ 姉ちゃんは僕が生まれた時に向かいの家に引っ越してきて、僕とは10歳離れたお姉さん。一人っ子で兄弟が欲しかった。
姉ちゃんは俺がまだ言葉も喋れないうちから、毎日のように遊んでくれて、姉と弟みたいにして育った。
実際僕は小さい頃は本当に姉のように思っていた。
良くお互いの家に泊まって、小学校低学年まで一緒に寝たりお風呂にも入った。
毎日優しく僕の髪や背中を洗ってくれるし、いっぱい遊んでくれた。
今思えば凄く勿体無い話だけど、この頃は本当に僕は子供で姉と弟みたいな感じで 一緒にお風呂に入ってて、みどり子姉ちゃんの胸やお尻を何度もみたけど ドキドキしたりもしなかった。
みどり子姉ちゃんは本当に優しくておやつだってなんだって僕にくれるし、虐められたりすると直ぐに助けてくれた。
小学校に通うようになってからは毎日宿題を見てもらっていた。
姉ちゃんは勉強が凄く出来る人で、この頃から将来は先生になりたいと言っていた。
僕は勉強は大嫌いだったけどみどり子姉ちゃんと一緒に居たくて、宿題は毎日欠かさずやってた。
「宿題みてよ!」
って言うと姉ちゃんは何時だって 「もーユウ君たまには自分でしないとだめよぉ」
というけど結局熱心に見てくれた。
小学校高学年になる頃には、はっきり姉ちゃんの事が好きになっていた。
実の姉弟じゃない事もとっくに自覚していたし、何より姉ちゃんは凄く美人でもてていた。
一緒に外に出歩いていても直ぐに男の人が声をかけてきた。
その度に姉ちゃんは「ユウ君いこ!」
と僕の手を引いて走り出す。
そんな時の姉ちゃんは僕に対するのとは別人みたいに怖い顔でツンツンとしていた。
「ユウ君はああいう男の人になっちゃだめだよ!」
真面目な姉ちゃんは暫く走って安心すると決まってそういうのだ。
この事が原因なのかは解らないが、僕は中学高校とよく硬派あつかいされていた。
優しそうな丸い卵型の顔、それに輪をかけて優しそうなパッチリのタレ目、黒髪ロングだけど外ではいつもポニーで短くまとめてた。
僕はいつも家でみる髪を下ろしてるみどり子さんが好きだった。
シャワーあがりとかのまだ乾ききってない髪を乾かしながら、僕の話に笑う姉ちゃんは最高に色っぽくて綺麗だった。
彼女のそんなくつろいだ姿を見れるのも子供ながらに自慢だった。
あの頃の僕は毎日が本当に完璧だと思えるほど幸せで万能感に満ちていた。
だって、毎日のように一番大好きな人のそばで笑ったり泣いたり出来たのだから、その人にとって自分が一番だとそう思っていたのだから。
ある日姉ちゃんが宿題の終わりに言った。
「もうユウ君とこうやって勉強するのもあと少しだねぇ」
僕は一瞬何を言われたのか解らなくて、顔を上げて姉ちゃんの顔をみてから何を言われたのか飲み込んだ 「えっ?なんで?」
「だって、私今年卒業だものw大学へ行くんだよ、言ってたでしょw」
確かにそんな話はしてた・・でもずっと先だと思ってた。
というかこの頃の僕はそんな当たり前の事に気がつかないほどに、姉ちゃんに夢中で毎日が薔薇色だった。
「前から言ってたでしょ、私学校の先生になるからその為の勉強をしにいくの」
「ココからじゃちょっと遠いかな・・だからたまにしか会えなくなっちゃうね・・」
薔薇色の世界がピシッとひびをいれて、ガラガラと音を立てて崩れるのが本当に聞こえるようだぅた。
目の前が真っ暗になる。姉ちゃんと会えなくなる・・・その時の僕にとって唯一絶対とも言える問題に思えた。
まさに生きるか死ぬかのような絶望感だった。
その後何を話してたかも良く覚えていない。思い出話みたいなことをしたような気がするが、もはや僕は何一つ頭に入ってこなかった。
その日家に帰ってベットに入ると無性に泣けてきてしまった。
その時は経験してなかったけれど、まるで失恋した気分だった。
僕がどうこう言っても意味は無く、姉ちゃんは希望通りの大学に受かり、春からの人生初の一人暮らしに胸いっぱいで旅立っていった。
お別れの時、絶対泣くと思った僕は、つまらない意地で見送りにはいかなかった。
大学合格報告の祝いの食事会が最後だった。
そこからは本当に暫くは空虚だった。
ぽっかり心に穴が開いて何を見ても何をしても心に響いてこなくて、何もかもがぽっかりあいた心のあなを素通りしていくようだった。
姉ちゃんはたまに帰ってきてたけど、僕はなんだか恥ずかしくていつも避けてた。
姉ちゃんは帰ってくると毎回僕の家に挨拶に来てお土産とか置いていくが、僕は事前に明日帰ってくるみたいな事を聞くと、決まって夜遅くまで外で遊んで帰った。
馬鹿な話、意地が一周回ってこの頃はちょっとした復讐みたいな気分だった。
「自分を捨てて他所へいった姉ちゃんなんかしるか!」
って・・・我ながら子供だった。
そうしていくうちに姉ちゃんの居ない毎日になれていった。
それでもずっと姉ちゃんの事を思ってたと思う。同級生の女の子に告白されたりしたけど、姉ちゃんに感じるようなドキドキを感じられなくて全部断っていた。
そしてある年の春、僕の人生で二度目の衝撃を知る事になった。
ある日家に帰ると姉ちゃんが綺麗にスーツを着て我が家の茶の間に座っていた。
久しぶりに会うみどり子姉ちゃんは、すっかり社会人が板についてて、何処から見ても学校の先生だった。
こんな美人の先生なら何の教科でもいいから6時間ぶっ通しで構わないとおもった。
「ひさしぶりだねユウ君」
ああ、聞きなれた自分の名前もこの人が言うとなんて心地良い響きなのだろうか、「うん・・・」
一杯言いたいことはなしたいことがあるのに、何一つまともにいえないで立ちほうけてた。
「ユウあんたもそこに座りなさい」
母がやけに上機嫌だった。
「でも本当よかったわねぇw良い人で」
母が姉ちゃんに言う。
「はいw」
「何の話?」
「アンタはショックかもねwみどりちゃん結婚するんだって」
「え・・・・」
僕は一瞬にして姉ちゃんの方へ顔を上げた。
姉ちゃんは何処か寂しそうで幸せそうで嬉しそうで、優しそうで・・そんな複雑な顔をしてた。
「今年の6月にね・・ユウ君も結婚式でてくれるよね?」
「・・・・・・・・」
「いくわよねえ、みどりちゃんは我が家の娘みたいなものだものw」
母は本当に自分の娘が結婚するみたいに上機嫌だった。
僕にとっては・・いや、ずっと昔から何となく心の何処かで恐れていた事だったとおもう・・・ 僕と姉ちゃんの年の差は10もある・・普通に考えたって叶わない事だ・・ でも、彼女がまだ一人でいるうちは・・一人でいるうちは望みがあると、そう思っていた・・いや、そう思おうとしていた。
しかし、ソレも空しく崩れ去ったのだった。
「ユウ君・・」
「あら・・あんた!」
「え?」
2人が僕を見て驚いて、自分がいつの間にかボロボロ涙を流している事に気がついた。
僕は凄くまずい所を見られた気がして咄嗟に立ち上がって家を飛び出した。
自転車に乗って堤防沿いを泣きながら我武者羅に走った。
僕の長い初恋は、本当に終わった。
式は滞りなく進んだ。みどり姉ちゃんは世界一綺麗な花嫁だった。
旦那さんは、同じ学校の先生だった。
新人として色々な事を学ぶうちにひかれあった。
まあそんな事だった。
僕個人の批評は置いておいて、旦那さんはすこぶる評判の良い先生だった。
式には沢山の人が来ていたし、僕と同じくらいの歳の学校の生徒も沢山来てお祝いしていた。
どうやら家柄も凄く良い所のようで所謂お坊ちゃまらしい。母が「真面目で良い人みたいで本当よかったわ、みどりちゃん玉の輿だわねw親孝行だわぁ」
と感心していたからよっぽどだろう。あんなに近かった姉ちゃんがいまや宇宙の彼方に感じられて、目の前で起こってるこの結婚式もなんだか遠くの銀河の出来事みたいで、全く現実感が無かった。
ソレから数年、僕もようやく高校を卒業して大学生になった。
時々実家に旦那さんと一緒に帰ってくる姉ちゃんを見かけたけど、僕は進んで声をかけたりする事はしなかった。
みどり姉ちゃんは僕を見かけたら必ず声をかけてくれたけど、僕の方は適当に挨拶してさっさとその場を離れた。
姉ちゃんはなんだか寂しそうにいつもソレを見送ってくれてたと思う・・・ もう、すっぱり諦めてたはずなのに・・ そうやって僕を見送る寂しそうな彼女の顔を思い描くとなぜか心臓が潰れそうになった。
大学生になっても僕は彼女と呼べそうな子を作らなかった。
友達として何人も仲間は居たけど、特定の子と特別親しくはならなかった。
当然告白もされたけどやっぱり心は動かなくて、ためしに付き合ってみてと熱心に言われて付き合ってみたが、僕のつれなさに相手がだめになっていくだけだった。
女の子と居ても特別浮かれたりせず、余り進んで喋らない僕はいつしか、硬派とか硬派君とか皮肉半分茶化し半分で言われるようになった。
寡黙な男ってのは憧れられる事はあるが、実際今時の子はそんな男退屈なだけだろう。
「お前顔は良いけど女の子に冷たいわ」
合コンで人数あわせにたまに呼ばれ、付き合いで行くたびに友達にはそういわれる。
「岬君って人を好きになったことあるの?」
一度ふった子にそう言われた。
仕方が無いよ・・今も昔も僕の心はたった一人への気持ちで一杯だったんだから。そうやって大学生活を送り就職した。
地元で結構有名な企業、父親のコネもあったが恥ずかしがってる場合ではない。今時仕事にありつければ文句は無かった。
父にもそう言われた。
「むしろ世話してやれる甲斐性があってよかったよ」
父のその一言で僕はどんなに辛くても仕事を諦めなかった。
新人だから覚える事も多く、ましてや父の顔を潰すわけに行かない・・・ 「あいつは親のコネだ」
と後ろ指を差されたくなくて必死だった。
毎日が矢のように過ぎ去っていった。
ある日仕事が終わりクタクタで実家の玄関の戸をあけようとしたら、丁度戸が開いて姉ちゃんがでてきた。
「姉ちゃん・・・」
「ユウ君・・・」
姉ちゃんが出てきたのに驚いたのもあるが、姉ちゃんの顔は今さっきまで泣いてたみたいに真っ赤だった。
涙の後もあってどうしたって普通ではなかった。
姉ちゃんは僕の反応をみてソレを悟ったのか顔を隠すようにして自分の実家へ入っていった。
「なんした!?」
僕は姉ちゃんに言えなかった分、実の母に当たるように言った。
「姉ちゃんないとったぞ!!」
大学生活と社会人生活ですっかり標準語が身に付いたが、こういうときはなまり全開だった。
「何、帰ってくるなり大声上げて、みどりちゃんに会ったの?」
母は落ち着いていた。
「なんで、ないてんの?」
まさか母が泣かしたわけじゃないだろうが・・・
「みどりちゃんね離婚したって言いに来たのよ・・・・」
「ええっ?!」
それは凄く意外な話だった。
学生時代殆ど数年以上まともに会話こそしなかったが、ここ数年就職してからは時々短く話をするようになっていた。
旦那さんと仲良くしてるようなのはたまに実家に2人で顔を出してるのを見て知っていただけに驚きだった。
「なんで?」
「さぁ・・みどりちゃんもソレは言わなかったから・・・」
「ともかく、暫くはこっちで親と暮すから、また以前のようによろしくお願いしますって挨拶にきたのよ」
「なんだか凄く痩せてて疲れてるみたいだったから、あんたもつまんない意地はってないで、みどりちゃん励ましてやってよね」
あの真面目なみどり子姉ちゃんが離婚なんて・・ 全く予想外だった・・いったい何があったんだろう・・ 真っ先に思ったのは旦那の浮気だった。
良くあるって言うし、なによりあの真面目な姉ちゃんが浮気するわけがない。きっと旦那が浮気してそれで許せなくて離婚したんじゃないだろうか・・ じゃなきゃみどり子姉ちゃんが離婚する理由なんてほかにありえない。そんな事を悶々と考えていた。
<続く>