人妻・ゆかり(3)
2018/04/16
確かに、焦らされて反応してしまっているのは、否定できなかった。
ゆかりは、自分がこんな単純な反応をしていることに驚く。
確かに余りされたことは無い行為だが、それにしても。
下腹部の中に熱い塊があるような感覚がある。
そして、それがゆっくりと溶けていき、液体となる感覚も。
なかなか触られない陰核が、ぴくぴくと痙攣している。
肩が上下してしまっている。
神崎が指摘したとおり、鼻息が荒くなっている。
下着をなぞっている神崎の指が止まった。
「困りますね、まだ何もしていないのに」
「唾液には色んな用途があります。殺菌剤だったり、緩衝材だったりね。 でも、膣分泌液には一つしか用途がありません。性交時の潤滑剤です」また一息で、神崎は言う。
「とりもなおさず、それは受け入れる準備が整っているということです。 普通はこうはいきませんよ。今までこんな過敏に反応された方は いませんでした。……イレギュラーですね」ゆかりは口を開く。
だが言葉は出てこなかった。
「濡れていません」と反駁したい気持ちがあるが、それを言えば彼がどんな行動に出るか容易に想像できた。
神崎の左手が、服の上からゆかりの乳頭の位置を確認して、それを指先でこすりだした。
わざわざ立たせる間でも無く、胸の先は堅く尖っている。
唾液でぬめった舌が、彼女の首筋を這う。
くすぐったさで、身体が跳ねるように痙攣する。
皮膚が敏感になっているのが自分でも分かった。
「旦那さんも罪な人だ。奥様はきっと、自分から求めたりは しない女性なのですね。だから、こんなになるまで放置されて……」 「だから……っか、勝手に想像で、話を作らないで下さい」 「言葉以外、奥様の全てがもう、恭順の意を示していますよ」 乳房を優しく揺すりながら、神崎は囁く。
「……心が痛みます、奥様」 神崎は、まるで葬式の挨拶のように言う。
「愛する旦那様に対して、性交を求めることすらしてこなかった 貞淑なる貴女に対して、交渉の結果とはいえこんなことをしている。 愛情の交感ではなく、肉欲の交歓をさせてしまっている。 清楚なる貴女に対して、不義を、いやらしいことを強要している。 ……心が痛みます。ですが奥様、これは仕方のないこと」 「あまり喋らないで、裕樹が起きる、起きちゃうでしょ」 一拍の間があった。
「いじって欲しい、と旦那様に要求したことはありますか?」 「……っ何を言っ」 「クリトリスをいじって欲しい、と旦那様に言ったことは?」 「ありません……おかしいんじゃないですか? 普通言いません」 「では、それを私に言って下さい」 「ふざけないで……っおかしいわ、あなたは」 「言うまでは終わりませんよ、奥様。今までの皆様もそうでした。 伊東さんもね、何度も何度も私に囁いてくれました。 そうしてようやく、彼女は可愛い子供の人生をより豊かな場所へ 押し上げることが出来たんです。貴女だけを甘やかすわけにはいきません」 言葉とは裏腹に、神崎の口調には怒りも苛立ちも含まれていなかった。
彼はゆかりを焦らすのと同じように、自分自身も焦らしている。
「……やだ」 子供じみた抵抗の言葉が出た。
陰核がもどかしさに固くなり、痙攣するようにぴくぴくと律動している。
膣からだらしなく、分泌液が垂れている。
それでも、ゆかりの理性は自分から求めることを拒絶していた。
「言わないと終わりません、ということを繰り返します」 「だって……そんな、そんなことを、私は」 腰が前後左右に揺れる。
思考と心情と理性と、肉体がここまで相反したことは無かった。
砂漠で毒の入ったオアシスに出会ったような、強烈な二律背反。
水を飲みたい、という渇きと、飲んではいけない、という理性。
「ここで終わりにしたいのですか?」 神崎は、この期に及んでなお、衝動的にも暴力的にもならなかった。
それは恐らく紳士だからではなく、自分を焦らせば焦らすほど性感が高まることを知っているからだろう。
「私、わたし……」 「裕樹君のためなら、何だって出来ると思ったのですがね。 それくらいの言葉はいえるでしょう?」 裕樹のために、という言葉が頭の中に反響する。
男の指先が、湿った襞をくすぐっている。
「っ……ク……」 「クリ……ス……いじっ……て」 「もう一回最初から言って下さい。聴こえません」あっさりと神崎は否定した。
「恥辱」とは恥と屈辱と書く。
ゆかりは生まれて初めてその意味を思い知ることになった。
「クリト、リス、いじって……下さぃ」 「おや、いいんですか? 私は貴女の夫でも無いのに、そこまでしても?」 「いじって……くだっ、あ、あぅっ、やだぁ」 無意識に、神崎の背中をつかんでいた。
散々焦らされて、堅く大きく熱くなった陰核に、いきなり指先が交互に摩擦を加えたのである。
しびれるような快感が腰から背骨を伝って駆け上がる。
「ぁ、はぁ、あっ、ぅくっ、んひぁ」 「凄い反応しますね……ちょっとこねたくらいで。裕樹君おきてますよ」びくん、と首を半回転させて、ゆかりは息子の方をむいた。
さっきと変わらぬ姿勢で、寝息を立てる愛息がいる。
「冗談です。しかし……そろそろ終わりにしないと本当に起きてしまうな。 では奥様、次の要求は……言わなくても分かりますね?」 「……」 肩で息をしているゆかりには、返事を返す気力も無い。
「ぃ……ぃれ」 「え?」 「ぃれ、て……下さい」 神崎は下着の中に右手を入れる。
膣内に中指を入れると、抵抗無くずぶりと沈み込む。
「奥様、基本的なことですが、そういう要求をするときは 誰のどこに誰の何を入れてどうして欲しいか、を言いましょう。 主語と述語をはっきりとね」 「……」 「奥様がそれを言うのを聴きたいのです」 静かな部屋に荒い息だけが聴こえる。
「私の」ゆかりの声が、涙声になる。
「……に、貴方の……を入……て……」 虫の羽音のような、か細い声。
「………ぃて下さい」そこまで言い切ると、ゆかりは顔を床に向けた。
頬からぽた、と雫が落ちる。
粘り気のある液体と、熱い肉が擦れあう時の「くちゅくちゅ、くぱくぽ」という間の抜けた音が部屋に響く。
神崎はゆかりの膣から指を抜くと、人差し指と中指を広げる。
指と指の間に、きらきらと体液が糸を引いていた。
「では、失礼して」ズボンのチャックの間から、神崎は自分の性器を取り出した。
服を着たまま、ゆかりは仰向けで床に寝かされる。
彼女は、自分の腕で、眼を覆った。
広げられた脚の間に、男が居るのが分かる。
経口に、男の肉が当たった。
異物が身体の中に入っていく感覚に備えて、ゆかりは身体に力を入れた。
「ぅ……う」ゆかりの呻くような声が漏れる。
同時に、神埼が初めて快楽の喘ぎを漏らした。
ずるりと、男性器が根元まで押し込まれる。
それと同時に、ゆかりの唇に、神崎の舌が触れた。
一瞬、間があく。
裕樹の寝息が聞こえて来る。
二階の軋み音がないことに、ゆかりは気付いた。
まさか、降りてきている?そう思った瞬間、神崎の腰が激しく動き始める。
こんな荒々しく突かれると思っていなかったので、ゆかりは思わず「そんなっ」と口走ってしまった。
神崎の表情はさっきまでの紳士ぶったものではない。
がくがくがくがく、と一秒に二往復するような激しい前後運動が始まった。
膣内を荒れ狂う性器の振動に、ゆかりは声を出してしまわないよう両手で自分の口を塞いだ。
神崎はそんなゆかりの必死さなど構うことなく、ただ粘膜の刺激に身をまかせている。
照明の明かりを背にした神崎の表情は、ゆかりからは見えなかった。
それでも滲んだ視界の中で、男が笑っているのは分かった。
ゆかりは自分の人差し指を噛んだ。
「ふっ、んっ、ふっ……ふっ……うっ」と、まるで腹筋しているときのような規則正しいうめき声が歯の間から漏れていく。
「あぅぁっ!!」 自分でも驚くほどの声。
神崎の動きが早まる。
背中がえび反りになっているのが分かる。
脚が限界まで伸びて、攣りそうだった。
びくんびくんと跳ねる腰が、神崎の性器を締め付ける。
全身が熱くなり、一瞬何も考えられなくなった。
それでも、神崎の動きは止まらなかった。
一頻り痙攣したゆかりを、ペットでも見るような愛おしい視線で見つめながら彼はまだ満足していない、という旨をゆかりに告げる。
自動販売機のボタンを押して、タバコを取り出した。
明秀はおつりをポケットに捻じ込んで、それからふと、夜空を見上げた。
東京の空には、星が無い。
代わりに、人の心を穿つ静けさが端から端まで広がっている。
溜め息が出た。
電信柱の下で、隣家の主婦とすれ違う。
「こんばんわ」と挨拶をした。
化粧栄えのしそうな顔立ちのその女は、明秀の顔をまじまじと見てから「……こんばんわぁ」と料亭の女将の様な挨拶を返した。
「今日、仁科さんの御宅に、神崎先生がお見えになってるんですよね?」 「あの人、知ってるんですか?」 「奥さんにご紹介したの、私なんですよぉ」どこか媚びるような声で、彼女はしなを作った。
「子供が幸せであれば、僕はそれでいいんですけどね……」 「大丈夫ですよ、息子さん、受かりますよ」 根拠の無い励ましの言葉だと感じながらも、 明秀は「ありがとうございます」と言って、その場を離れる。
家の門を開けて、ドアを開けようとしたとき、ふと振り返った。
伊東夫人がさっきと同じ場所に立っている。
「何か?」と明秀は声をかけたが、彼女は何も言わず、黙ってこちらを見ていた。
家の中から、息子の声がした。
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