家庭教師の女子大生が恋をした生徒は鬼畜青年だった

2017/11/26

大学近くのカフェで、千佳は目の前にあるカプチーノの泡をクルクルとスプーンで回しながら困惑した表情を浮かべていた。
尚子 「ねっ!お願い!千佳しか頼める人いないのよ。」
千佳 「でもぉ……家庭教師なんて私……。」
尚子 「大丈夫よ、千佳は人に勉強教えるの得意でしょ。ほら、前に私に教えてくれた時、凄く分かり易かったし。」
千佳 「ん?……でもなぁ……」
千佳に頭を下げて何かを頼み込んでいるのは、大学入学当初からの友人である尚子だ。
尚子は個人で家庭教師のアルバイトをしており、今現在も複数の学生を受け持っている。
ところが最近恋人ができた尚子は、スケジュールに詰め過ぎていた家庭教師のアルバイトを減らしたいと言うのだ。
それはそうだ。
相手は尚子にとっては人生で初めてできた恋人であり、社会人になる前の年であるこの1年は、なるべく好きな彼氏との時間を大切にしたいと思っているのだろう。
初々しいカップル。今が一番ラブラブな時期だ。
そしてその事情は、親友と言ってもいい程仲が良い千佳も重々承知している。
彼氏ができてからの尚子と言ったら、毎日ニコニコ笑顔で機嫌が良く、見ているだけでこちらまで微笑ましい気持ちになるくらいなのだから。
前々から尚子の恋愛を応援してきた千佳にとってもそれは嬉しい事なのだ。
それで今回、少し前に契約したばかりの1人の生徒を代わりに受け持って欲しいと尚子が千佳に頼み込んできたと言う訳なのだが……。
尚子 「それにここの家、結構お給料良いわよ。ほら千佳、アルバイト探してるんでしょ、ここならそこら辺の学生向けアルバイトと比べれると随分と待遇良いし。」
千佳 「う?ん……そうだけど……。」
確かに千佳はアルバイトを探していた。
就職先も決まり、これから遊びや旅行に行くには、そのための資金を貯める必要があったからだ。
アルバイトもしたいし、やりたい事も沢山ある。だからなるべく時給の良いアルバイトを探したいと思っていた。
そんな時に舞い込んできた今回の話。
尚子が持ってきた書類に目を通すと、確かに待遇は凄く良い。
家庭教師の仕事がこんなにも待遇が良いなんて知らなかったと、千佳が驚く程に。
千佳がそれを尚子に聞くと、この家は他と比べて特別に給料が高いのだという。大体他の家庭と比べて1.5倍から2倍近くあるだろうか。
その理由については、尚子もまだ電話でのやり取りだけで、その家に行った事がないので分からないらしい。
だが何にしても、それが今の千佳にとって魅力的な待遇のアルバイトである事は確かだった。
週に数回学生に勉強を教えるだけでこれだけ貰えるのだから。
しかしこんなに良い話にも関わらず、千佳がその話を引き受けるか迷っているのは、その職種が家庭教師であるからだ。
普段は割かし人見知りをしてしまう性格である自分が、知らない家に行って始めて会う学生にきちんと勉強を教えられるか自信がなかったのだ。
千佳 「私自信ないよぉ……人の受験勉強を教えるなんて……それって結構責任重大でしょ?」
尚子 「そんな深く考えなくても大丈夫よ、私にもできてるんだから千佳にだって絶対できるって。ねっ!お願い!千佳様!一生のお願いです!」
まるで天に願うかのように再び頭を下げる尚子に、千佳はため息をつく。
家庭教師なんて普段の千佳なら絶対に引き受けないが、これだけ親友に頼み込まれたら断れない。
千佳 「はぁ……分かったよ尚子ちゃん……。」
尚子 「えっ?じゃあ引き受けてくれるの?」
千佳 「……うん……今回は特別だけどね。」
その観念したかのような千佳の言葉を聞くと、下げていた頭を上げて嬉しそうな笑顔になる尚子。
尚子 「ありがとー!やっぱり千佳は優しいねっ!あっ、千佳の好きなケーキ頼んでいいよ、今日は私のおごりだから。」
尚子は調子良くそう言って、千佳にカフェのメニューを渡した。
千佳 「いいの?えーっとじゃあチーズケーキ……ねぇ尚子ちゃん、それでその生徒さんって中学何年生なの?」
尚子 「ん?中学生じゃなくて高校生よ、言ってなかったっけ?」
千佳 「えっ!高校生なの!?……そんなの余計に自信ないよぉ。」
千佳は思わずそこで頭を抱えた。
中学生に教えるのと、高校生に教えるのではまるでレベルが違うのだから。
それに大学受験といえば、人生の大事な分岐点だ。
千佳はそれを考えただけで大きな責任を感じてしまっていた。
尚子 「千佳なら頭良いし、気軽に行けばきっと大丈夫だよ。あ、チーズケーキ来たよ。」
目の前に大好物のチーズケーキが運ばれてきても、千佳の不安な表情は変わらない。
こういったプレッシャーに、千佳は滅法(めっぽう)弱いのだ。
自分の大学受験でもどれだけ精神的に追い込まれた事か。
千佳 「はぁ……なんだかまた就活の面接の時みたいにお腹痛くなりそう……。高校何年生の子なの?」
尚子 「確か2年生だったかな、うん。」
千佳 「2年生……切羽詰った3年生じゃないだけ良いかぁ……」
尚子 「そうそう、年下の友達に気軽に勉強教えるような感じで良いと思うよ、うん。……じゃあ千佳、宜しくお願いしますって事でいい?もうチーズケーキも食べてるしね。」
千佳 「……う、うん……。」
こうして少々強引気味な尚子からの頼み事ではあったが、千佳は家庭教師のアルバイトを引き受けたのであった。
3
千佳 「えーっと……たぶんこの辺りだと思うんだけどなぁ。」
住所と地図が書かれたメモを見ながら、住宅街の中を歩く千佳。
今日は尚子に頼まれて引き受けた家庭教師のアルバイト、その初日だ。
千佳 「はぁ……やっぱり引き受けるんじゃなかったなぁ……家庭教師なんて……。」
カフェで尚子と話してから2週間程過ぎているが、千佳は正直な所、今でもこの話を引き受けた事を後悔している。
どう考えても家庭教師なんて自分には向いていない。
それにこの緊張感、やはり苦手だ。
千佳 「あ?もう、なんだかドキドキしてきた……どんな家なのかなぁ、もしかして厳しい所だったりして。……でもそうよね、子供のために家庭教師を付けるような親なんて、教育に厳しい人だよね、絶対。はぁ……やだなぁ……。」
そんな風に独り言をブツブツと言いながら歩く千佳だったが、根は真面目な性格であるので、今日のための準備だけはしっかりやってきた。
手に持っている鞄には、自分が受験生の時にまとめていたノートや、一週間程前から作り続けてきたプリントなどが入っている。
自分が教える高校生の子のためにと、問題集やポイントなどを分かりやすくプリントに書いておいたのだ。
それだけではなく、自分も受験生の時の感覚を取り戻すべく、連日徹夜で高校生時代の勉強を復習していた。
一応家庭教師なのだから、何か質問されて答えられないようではいけないと思ったからだ。
千佳 「ん?……え……?ここ?もしかしてこの家なの?」
メモに書いてある通りの場所に着いた千佳は、大きな門の前で足を止める。
そして千佳は目の前に佇む家を見上げて、口をポカーンと開けていた。
千佳 「凄い……大きい家……うそぉ……私こんな家の家庭教師しないといけないのぉ……はぁ……」
表札に目を向けると、そこにはやはり尚子に渡された書類に書かれていたとおりの苗字がある。
千佳 「……富田……やっぱりここなんだ……。」
目の前の重厚な門を見るだけでも、この家が普通の家ではないという事は誰にでもすぐに分かる。
きっとどこかのお偉いさんの家なのだろうと、千佳は思った。
それならば、そんな家の子供に勉強を教えるなんて余計にプレッシャーを感じるし、考えれば考える程自分ではやはり無理だと思ってしまう。
千佳 「……はぁ……帰りたい……帰りたいけど……そういう訳にもいかないかぁ……」
もう来年からは社会人になる千佳。
お腹が痛くなる程のプレッシャーは感じるが、この程度の事でヘコたれている訳にもいかない。
もう大人なんだから。
そんな事を自分の心に言い聞かせ、千佳は重い足どりはであるが、門の端にある呼び出しボタンの前まで来ると、意を決したようにしてボタンを押した。
千佳 「……。」
『……はい、どちら様でしょうか?』
千佳 「あっあの……小森と言います。あの……家庭教師の……」
インターホンから女性の声が聞こえると、千佳は緊張気味にそう声を発した。
『あ、はい、お待ちしておりました。今門を開けますので。』
千佳 「は、はい。」
そう答えてから少し待っていると、機械式の門のロックがガチャン!と音を立てて解除された。
そしてゆっくりと開いた門から、1人の女性が出てきた。
結構年配の女性だ。それにエプロンをしている。
お手伝いさんかなぁと千佳は思いながら、その女性にあいさつをする。
千佳 「初めまして、小森千佳と言います。宜しくお願いします。」
山田 「私はここの家政婦をやっている山田です。どうぞ中へ。」
千佳 「はい。」
千佳の予想は当たっていた。この年配の女性が高校生の子を持つ親には見えない。
家政婦の案内で敷地内に入ると、そこには広い庭と大きくて立派な建物が。千佳はその光景にやはり目を丸くして驚くばかりであった。
千佳 「……凄い……」
まるで美術館の中を歩いている子供のようにキョロキョロと頭を動かしながら、周りを見渡す千佳。
そんな千佳の前を歩いている家政婦の女性は、淡々とした口調で千佳に声を掛ける。
山田 「康介さんの部屋は離れの部屋になっていますので、こちらです。…

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