母よりも年上の女性にSEXと愛情を教えてもらった童貞喪失体験談

2017/08/09

私が高専を卒業して、初めての就職先は、
故郷を遠く離れた、人口10万人の田舎でした。
そこで借りたアパートのお隣さんが
淑子さん(仮名)というおばさんでした。
当時、私は20歳、54歳の淑子さんは
母よりも7歳年上で、
池波志乃さんに似た妖艶なおばさんでした。
淑子さんは10年前に離婚して、
30歳になる息子さんは結婚して
都会で暮らしているとの事でした。淑子さんとはすぐに仲良くなり、
週末は一緒に夕食を食べるようになり、
お酒も飲むようになりました。
淑子さんに「地元に彼女残してきたの?」
と質問されたので、
「彼女はいたことないんです」と答えました。
すると「経験してみる?」と言うと、
淑子さんは浴室に消えました。
淑子さんは、体は全く緩んでおらず、
若々しいくびれを保ち、胸も垂れずに
プックリといい形をしていました。
淑子さんは、私のチンポを握り締めて、
パクッと咥えてくれました。
優しい快感がチンポを包みました。
そして淑子さんは「そのまま中でいいよ。
おばちゃんはもう妊娠しないからね」と言いながら
淑子さんの生膣に生チンポを入れると、
かつて経験したことのない強烈な快感が
チンポを支配し始め、あっという間に
精液を搾り取られてしまいました。
そんな私と淑子さんは、
快感を共有するだけでなく、
いつしか34歳の年の差を越えて
愛し合うようになりました。
淑子さんとの付き合いも
3年を迎えようとしていた春先、
職場にアルバイトの女の子がきました。
いかにも田舎町にいそうな純情乙女。
パッと見は可愛いような気がするけど、
お下げ髪がイモっぽくて、
惜しいなあ~と笑ってしまいました。
全く洗練されていないその女の子は
『美代子』と言い、昭和のテイストがしました。
美代子と私は仕事場で最も年が近いので、
先輩や上司が事あるごとに、
くっつけたがりました。
美代子は性格も控え目で優しい女の子ですが、
同じ県内でも、もっと小奇麗な女の子を
たくさん見てきたので、
ここで嫁を調達するつもりはありませんでした。
しかし次第に親密な仲になり、ついに美代子は
休日に私の部屋を訪ねてきてしまいました。
前夜、淑子さんと激しく愛し合い、
そのまま淑子さんの部屋で寝ていた私は、
淑子さんの部屋から来客が
美代子であることを確認して、
慌ててベランダから外に出て、
外出から帰った振りをしました。
高校を出たばかりの美代子を
男の一人暮らしの部屋に上げるわけには行かず、
困っていると、
「前に今度ドライブに行こうって
誘ってくれてたでしょ。今日いい天気だし
どうかなって思って」
社交辞令を真に受けた美代子に
呆れるやら、可愛いやら。
仕方がないので車に乗り込み
ドライブに出掛けました。
そしてこの一件が、
私と淑子さんの別れの始まりになりました。
美代子は一度ドライブに行っただけで、
すっかりガールフレンドになったつもりで
接してくるようになりました。
週末は一緒に過ごすようになり、
淑子さんとの時間が少しずつ少なくなり、
まるで淑子さんは性欲を処理するだけの
女体のようになっていきました。
そして、美代子と知り合って半年の秋口、
「私は彼女にはなれませんか?」と
言われてしまいました。
田舎娘はダイエットなどに興味がないのか、
淑子さんのような色気は感じられず、
パッツパツの体に
『キューピーちゃんか?!』と
突っ込みたくなりました。
でも抱けば柔らかくて、甘い少女の香りが漂い、
淑子さんとはまるで違うこの純情娘に
エッチなことを教えて
淫らにしたい欲望が芽生えました。
広げたオマンコには変色したビラ肉は一切なく、
美しいピンク一色でした。
淑子さんの教えに従い、
クリトリスを優しく舌で撫でました。
身悶えするまで舐めて、
チンポを美しい肉穴へめり込ませると、
淑子さんのときとは違う抵抗感の後に
ニュルンと入りました。
「イタタタァーーー」
あ、そうだ、処女膜・・・。
気が付いたときには、
もう根元まで入っていました。
痛みに耐える健気な美代子を見て、
恋愛の嬉しさが湧いてきました。
まだ誰にも見せた事のない裸を見られて、
まだ誰にも触れさせた事のないオマンコを舐められ、
恥ずかしさを堪えて、初めて見る勃起チンポに
貫かれて痛みに耐える美代子が
愛しくなってきました。
美代子は処女をくれた後、
私に対する態度が完全に変わりました。
田舎の純情娘の処女を貰ったことの大きさは、
計り知れないものがありました。
美代子と私が男と女の関係になったことは、
見る人が見れば判ったでしょう。
そんな中、淑子さんにこう言われました。
「私、ここを離れることにしたよ。
息子がね、子供が生まれるから一緒に住もうって」
お別れの日、
淑子さんに最後の精液を子宮に注いで、
「淑子さん、4年間、お世話になりました。
どうか、お元気で・・・」
「泣かないで。じゃあね。元気でね」
淑子さんは息子さんの元へ去っていきました。
2年後、私は妻となった美代子を伴って、
転勤でこの地を離れることになりました。
一人で大家さんに挨拶に行って、何となく、
「前にお隣にいた淑子さん、今頃お孫さん達と
幸せに暮らしているんでしょうね」
と話していると、大家のおじさんが
「え?あの人は子供が出来なくて
離婚されたんだから、子供なんかいないよ。
どこか施設に入るって言って、
出て行ったんだよ。天涯孤独って寂しいよね」
頭を殴られたようなショックでした。
私と美代子の邪魔をしないように、
そっと身を引いた淑子さん。
あれから14年が過ぎ、40歳になった私は、
再び淑子さんとの思い出の地へ転勤してきました。
折角なので、美代子の実家のそばに
家を借りて暮らしています。
孫達と楽しそうにしている義父母を見て、
ご健在なら74歳になっている淑子さんが、
きっと夢見た光景なんだろうなと思いました。

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