苺狩りにて

2019/02/21

大学2年生の春。
心躍る春。
大学からの帰り道、俺は友人2人と一緒に日曜日の予定を発表し合っていた。
友人Aは昼寝。友人Bは秋葉原。そして俺の予定はというと!
「今度の日曜は、苺狩りに行くんだ」
アホみたいに笑われた。
「何で1人で苺狩りなんだよ!」
「もっと他に行く場所あるだろー!?」
そんな事言われても、行きたいものは行きたいんだからしょうがないじゃないか。
美味しいじゃないか、苺。
それよりも、何で俺が1人で行くと決めつけてるんだ?
その事について尋ねると。
「だってお前、出かける時いつも1人じゃん」
「ついでに彼女いないじゃん」
見事に図星を突かれた。
その通りだった。
自慢するほどじゃあないが、俺は彼女いない歴=年齢なのだ。
そこで俺は言ってやったんだ。
「実は最近出来た彼女と2人で行くんだ、羨ましいだろハッハー」
言うだけならタダだし、現場さえ押さえられなければ証拠はない。
バレる心配はないと思ったからこそのハッタリだ。
俺の彼女いる発言に、友人達はしばらくポカンとしていた。
実際の所俺だけじゃなく、あいつらにも彼女はいないからな。
まあ年齢=いない歴なのかどうかは知らないが。
そんな事を話していると、いつの間やら自宅の近く。
「それじゃあ、また月曜に」
意気揚々と立ち去ろうとした俺に、友人Aが声を掛けた。
「何時頃、どこで狩るんだ?苺を」
日曜日は快晴、まさに絶好の苺狩り日和だった。
颯爽と愛用のスクーターから降りた俺。
デカイ苺の絵が描かれた看板を写メに収めた時。
「よ」
後ろから見知った声が聞こえ、ぽむ、と肩を叩かれた。
振り向くと、そこには誰あろう友人AアンドBの姿があった。
「お前の彼女が見てみたくて。秋葉いつでも行けるし」
「てゆーか、やっぱ1人じゃん。別に見栄張らなくても良いじゃん?」
友人2人はにやにやとにやけていた。
どうやら俺の言葉が本当かどうか、わざわざ確認しに来たらしい。
何という暇人達だ。
しかし俺は慌てず騒がず、彼女は少し遅れて来る旨を告げた。
「そんな無理せんでも」
「全く適当な事言って」
「どうせ少しが30分、30分が1時間でしょ?」
「まあ期待してなかったけど」
「ふふふのふー」
まさに言いたい放題。どうやら俺の発言を完全に嘘だと思ってるようだ。
その時、駐車場に見覚えのある軽自動車が入って来た。
俺は駐車場に停まった車を指差し、得意げに言った。
「ああ、来たよ。あの車」
「え?」
「は?」
友人2人は目を丸くして固まった。
車から降りた女性は俺の姿を認めると、俺の方に向かって手を振った。
「夏樹(俺の名字と思ってくれ)さーん!」
俺の名を呼びながら、小走りで近づいてくる女性。
その正体は誰あろう、最近出来た俺の彼女!
……ではなく。
1歳下の俺の妹だった。
『何時頃、どこの農園に行くんだ?』
友人Aに聞かれた時、俺はピンと来た。
何のかんのと暇人なあいつらの事だ。もしや現地に来る気じゃなかろうか、と。
そこで俺もつまらん策を弄してみた。
妹に彼女の振りをしてもらい、驚かしてやろうと。
何だかんだとノリが良い妹。
面白そうだと快く了承してくれ、今に至るという訳だ。
ちなみに前日、1時間以上の設定づくりと打ち合わせを行ったのはナイショだ。
来なかったらどうしようかとも思っていたが、俺は賭けに勝ったのだ。
「あ、こっちこっち」
駆け寄って来る妹に手を振り返す俺。
それにしても妹よ。
そのメガネは何だ。変装してるつもりなのか?
俺は心の中でツッコミを入れた。
「嘘だろ!?」
「マジ!?フツーに可愛い…」
信じられん、といった様子で茫然としている友人2人だった。
それにしても、他人から肉親を可愛いと言ってもらうのは。
「……まあね」
何だかんだと悪い気はしないもんだな、などと思った。
ありがとう、友人B。
俺は心の中でお礼を言った。
そんなやり取りをしている間に、妹はスカートの裾を翻し、俺の隣にやって来た。
「すみません、道路が混んでて。待ちませんでした?」
「いや、今着いた所だから」
「本当にゴメンナサイ」
俺に向かってペコリ、と頭を下げる妹。
もちろん、全て打ち合わせ通りだ。
何という妹の素晴らしい演技。
演劇部に所属してるわけじゃないんだが。
そっち方面の才能があるんじゃなかろうか?
妹は俺の隣に突っ立っている人物達に目を移した。
「この方達は?」
「あ、うん。俺の友人。たまたまここで会ったんだけど」
たまたま、という部分を強調する俺。
今考えると結構嫌味な発言だったんじゃなかろうか、と思ったり思わなかったり。
「そうなんですか?あ、はじめまして。佐藤と言います」
2人に偽名を使い、自己紹介をする妹。
ベタベタな偽名だが、偽名という証拠はどこにもない。
むしろこの状況で、偽名と見破れる奴はまずいないだろう。
「は、ああ、どうも、友人Aです」
「いやはや、Bです」
しどろもどろになりながら挨拶を返す2人だった。
「あ、お名前聞いたことがあります。よろしくお願いしますね」
軽く笑みを浮かべ、会釈をする妹。
「いや、こちらこそ。ははは、は」
妹に対して乾いた笑いを浮かべると、友人Bは友人Aに視線をやる。
「な、なあA。そろそろ行かないか?」
「あ、ああ、そうだな。B」
「それじゃ、また明日学校でな」
「何だかいろいろすまんかった…」
友人2人はあたふたあわあわと友人Aの自動車に乗り、去って行った。
計画通り!
去って行く自動車を眺めながら、俺は作戦の成功に心の中でガッツポーズ!
まあ、明日会ったらちゃんと種明かしはしてやろう。
何という優しい俺!
などと一人妄想に耽っていると、俺の服の袖をクイクイッと引っ張るものがいた。
妹だ。
「それじゃ夏樹さん、中に入りましょう」
「え?」
俺は面食らった。
そんなの打ち合わせに無かったぞ?
打ち合わせでは、妹に演技をしてもらうのは入口まで。
友人達に、俺の彼女いる発言が嘘じゃないのを見せつけ、それで終わりだったはずだ。
「ああ、ありがとう。あいつらも帰ったし、後は俺一人で楽しむから大丈夫だよ」
などと俺がつらつら話すと、妹は渋い顔になって俺に耳打ちした。
「…何油断してるの。お兄ちゃんの友達、また戻ってくるかもしれないでしょう?」
「へ!?」
妹に言われて一瞬ギクッとする俺。
だがしかし、普通に考えてあの状況でわざわざ戻ってこようとは考えないのでは?
「…いや、多分それはないんじゃないかな」
しかし、妹は聞く耳を持たなかった。
「そんなのわからないじゃない。いいから早く。行くわよ」
一方的にそう言うと、妹は俺の袖をむんずとつかみ、無理矢理農園内部に引っ張りこもうとする。
「え、あ、いやちょっと待って…」
「すみませーん、入園料はいくらですか?」
「うわあ、結構広いんですね。それじゃ、張り切って狩りましょうね!」
結局妹に押し切られ、一緒に苺狩りをすることになってしまった。
それにしても何というノリノリな妹。メッチャ楽しそうだし。
「…う、うん。そうだね」
そんな妹のペースに、微妙についていけないでいる俺。
「あ、入園料は割り勘で良いですから」
「うん、分かったよ」
…………。
なぬ!?
俺のつまらん計画に協力してもらって入園料まで出させる、そんな事が許されるだろうか?
いや、それは許されない!
「ダメダメダメダメ!それは駄目だ!俺が全部出す!」
「え…でも、良いんですか?」
「良いに決まってるだろうが!」
思わず素になって叫ぶ俺。
「…優しいですね、ありがとうございます」
ペコリとおじぎをして、俺に微笑む佐藤さん。
……じゃなかった、妹だった。
何だか、物事がどんどん予想外の方向に進んでいってる気がした。
「夏樹さん、口開けてください」
「え?うわっ!」
妹の声に振り向くと、目の前に展開されてる光景に思わず身を引いた。
妹がいつの間にか隣にいて、俺の顔に苺を近づけていたからだ。
「遠慮しないでくださいって」
「いやいやいやいや、遠慮も何も」
「何照れてるんですか、私達もう大学生なんですよ?」
「いやいやいや、それはちょっと」
大学生とかそういう問題じゃなくて、血が繋がってますよ我々は?
あくまでも拒む俺。
すると妹のニコニコした笑みが陰った。
かと思うと、再び俺の耳に顔を近づけて耳打ちする。
「だから、何油断してるの?」
「え?」
「お兄ちゃんの友達の友達が中で見張ってるかもしれないでしょ?」
「と、友達の友達?」
あくまでも真顔な妹。
何というか、恐るべき深読みというか、明らかに考えすぎじゃなかろうか?
「いやいやいやいやいや。それはさすがに…」
「いいから、言うとおりにするの」
「だってさ、俺達きょうだ…ふぐっ!?」
俺の口から兄妹、とフレーズが発せられる瞬間、妹の右手が素早く動き、俺の口に苺が放り込まれた。
「何兄妹とか言おうとしてるの?誰が聞いてるかわからないでしょ?」
ボソっと耳元で呟く妹。
かと思うと、すぐに表情がニコニコ笑顔に戻る。
「どうですか?美味しいですか?」
な、何だか妹が怖いというか、黒いというか。
「…うん、美味しいよ」
とりあえず、無難な答えを返す俺。
「良かった!それじゃもう一個。はい、あーん」
再び俺の目の前に苺を突き出す佐藤さん。
……じゃなくて妹。
それにしても、はい、あーん、とか。
この妹、恥ずかしくないんだろうか?
などと考えつつも、逆らうと危険な雰囲気がしたので、ここは素直に従っておいた。
「…いただきます」
その後も妹はご機嫌で、俺に次々と苺を食べさせてくれた。
もぐもぐ…。
そんなこんなで俺が7個ほど苺を食べさせられた後。
「夏樹さん、私にも食べさせてくれませんか?」
「なななな、何!?」
おいぃ!?
だから、何でまたそんな無茶振りをするんだよ!この妹は!
「ダメですか?」
「いや、ダメとかそういうんじゃなくてね」
「じゃあ、別に良いじゃないですか」
「う……だけど」
躊躇する俺の顔を不安げに覗き込む佐藤さん。
……いや、妹。
しばらくの沈黙。
すると妹は業を煮やした様子で、三度俺の耳に顔を近づけてきた。
「だから、何回言えばわかるのよ?私たちは監視されてるかもしれないのよ?」
「か、かか、監視?」
ちょっとばかり例えが大げさすぎませんか?
そんな俺の心の声はいざ知らず、真剣な表情で俺に訴えかける妹。
「やるからには完璧にやらないと気が済まないの、私」
「完璧って、入口のやり取りは完璧過ぎるほどに完璧だったと思うんだけど」
「お願い」
…………。
「………はい、分かりました」
妹の気迫に押され、俺は覚悟を決めることにした。
確かに、せっかく妹が今の状況を楽しんで?くれているわけで。
それに水を差すのは興ざめかもしれない。
俺は開き直ることにした。
隣にいるのは佐藤さん。俺の彼女。
隣にいるのは佐藤さん…。俺の彼女……。
隣にいるのは佐藤さん……。俺の彼女………。
「夏樹さんに食べさせてもらうと、すっごく美味しいです」
俺が突き出した苺をパクリ、と食べた佐藤さんは、とても満足気だった。
「そう?それは光栄だよ」
……どこのいかがわしい店だよ!?このやり取り!?
心の中でツッコミを入れる俺。
覚悟を決めたつもりでも、やはり完全に開き直ることは出来なかったらしい。
チョイチョイ
腕をつつかれて隣を見ると、そこには俺の方を向いて口を開ける佐藤さんが。
「……何すか?」
「だって、この方が美味しいから」
「……」
「……」
「……はい、あーん」
ちなみにこの時、周辺にはおじいちゃんが2人、おばちゃんが1人いた。
生温かい視線を感じたような気がしたが、多分気のせいだろう。
頼むから気のせいであってくれ。
そんなこんなで、時は過ぎ。
「今日はとっても楽しかったです」
「ああ、こっちこそ」
俺達2人は駐車場で、別れの挨拶を交わしていた。
別れとは言っても、帰る先は一緒ですけどね。
「また誘ってくださいね、デート」
「デ、デート……」
最後までこのノリかい。
まあ知らない人が見たら、どう考えてもデートだよな…。
思わず苦笑いを浮かべる俺だった。
「それじゃ、ありがとうございました」
そう言うと、佐藤さん…じゃない、妹はペコリとおじぎをして、自分の車に乗り込んだ。
俺もスクーターに跨り、帰路に就く。
ちなみに当然の如く、友人2人が外で待ち構えているなどということはなかった。
自宅に戻って玄関を開ける。
「ただいまー」
「お帰り」
苺狩りの別れからわずか数十分後。
俺と妹は再び対面を果たした。
俺を出迎えた妹はもう着替えを済ませていた。
その顔にもうメガネは無い。
「今日は悪かったな、つまらない悪戯に付き合ってもらっちゃって」
俺の言葉に弱弱しく首を振る妹。
「ううん、楽しかったよ」
そして、不安そうに俺に尋ねる妹。
「……迷惑だった?」
そこにはもう『佐藤さん』はいなかった。
俺の知ってる、いつも通りの妹だった。
改めて考えると、妹は俺のつまらないイタズラのために精一杯、最高の努力で立ち振るまってくれていたんだろう。
俺はそんな妹の心意気に感動した。
「いや、最高に楽しかった!ありがとう!」
精一杯の感謝を込めて、俺は妹に感謝の言葉を言った。
「……どういたしまして」
妹の瞳に涙が浮かんだのは、気のせいだろうか…?
次の日、俺は友人2人に種明かしをした。
もちろん、一緒に苺狩りをしたことまでは伏せておいたが。
しばし驚き呆れていた2人だったが、やがて口を開いた。
「妹はあんな可愛いのに、なぁ」
「それに比べて……なぁ」
うるさいよ!頼むから比べないでくれ!

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