一転して嫁上司が嫌味節になりだした。あ絡み酒だと思った。
2018/01/08
未だに自分が狭量だったのか否か判断に迷う話なのだが、
人生で初めてキレた話をしてみたいと思う。
俺は小さい頃から喧嘩すらした覚えがない。
喜怒哀楽の怒の部分が欠落している人間だと自認してたんだ。
でもだから余計に始末に悪かったのかもしれない。
加減を知らないおかげで嫁にも会社にも大変な気苦労かけさせてしまった。
嫁と俺とは見合い結婚だった。
母と嫁母は同じコーラスグループに所属していてガーデニングを披露し合う仲だ。
だから嫁と知り合う前から彼女の母親とは顔見知りだった。
娘さんが俺の勤務する会社の本社に勤めていることも
何かの機会に伝え聞かされていた。
母からその友達の娘さんと会ってみないかと言われたのは
妹が出産した直後のことだった。
要するに妹が結婚出産したのに
未だに女の気配がない長男(俺)の事が気がかりという事だったんだろう。
あからさまな直球勝負を挑むところがいかにも母親らしいと言われれば母親らしいが
俺にだってプライドぐらいある。
妹が恋愛結婚したのに長男の俺が
母親のコネを利用したのでは格好がつかないだろう?
でも母は俺の口から断りの言葉が出る前に
すかさず嫁の写真を差し出してきたんだ。
シャシャ!と。
そういうところは本当に抜け目ないと思う。
いい子そうじゃない?と言われた。
黒縁メガネをかけた優しい笑顔の女性が写ってた。
確かに俺の目にもそう映った。
向こうは会っても良いって言ってるみたいよって言われた。
案外なことに向こうが見合いに乗り気らしかった。
俺は月に二回必ず本社に出向することになっている。
だからその日に軽くお茶でもという事で既に話が進んでいると言われた。
母はそういうとき必ず外堀を埋めてから攻めてくる。
断りきれない軟弱な俺の性格を熟知してるんだ。
母は「せっかく会ってみたいって向こうがいってくれてるんだから」
って言ってたけど実際は何処まで本当だったのかわからない。
母の性格からすると俺が乗り気だと向こうに伝えてる可能性は
十分すぎるぐらい考えられるからだ。
しかし何やかや言っても結局会う事にしたのは
写真の印象が良かったからなのは言うまでもない。
しかも学歴までしっかりしてるときたもんだ。
おかげで俺のちっぽけなプライドなんて何処かへ飛んていってしまった。
でも見合いは見合いでけっこうドキドキするものだと初めて知った。
待ち合わせの喫茶店にいくとき凄く緊張した。
喫茶店の扉を開けると窓際の席に彼女がポツンと座って待ってた。
こっち振り向くまでのインターバルが凄く長く感じたのを覚えてる。
彼女はメガネをしていなかった。
彼女なりにおめかしをして来てくれたんだと思う。
写真で見るよりぜんぜん美人だった。
笑顔だけは写真の印象そのままだった。
今思い出してみると俺はその時確かに不自然な何かを感じていた。
何でこんな美人が見合いなんかする必要があるの?という素朴な疑問。
しかし彼女の美貌を前に浮き足立った俺が熟考するわけもなく、
トントン拍子に結婚まで話が進んだ。
考えてみればそれも随分と不自然な話だったなぁと思う。
恋愛経験値が不足してたんだろうな。
結婚してすぐに彼女は子供を欲しがった。
幸いなことに彼女はすぐに妊娠し、会社を辞めた。
一児目を産むと彼女はすぐに二児目を欲しがった。
しかし一児目はあれほどすんなり出来たのに二児目はなかなか授からなかった。
聞くところによると二児目不妊症というやつらしい。
彼女はもう少し頑張りたいと言ったが俺は育休が切れる前に社会復帰を促した。
仕事を続けていても二児目が授からないと決まってる訳でもないし
内心彼女の方が稼ぎが良かったのでそれをあてにしたい気持ちもあった。
彼女は気乗りしない様子だったが、結局育休が切れる前に社会復帰した。
完全にやぶ蛇だった。
でも俺たち夫婦は子供が十歳になるまで
何の問題もなく円満な家庭を築けていたはずだったんだ。
喧嘩らしい喧嘩もした記憶がない。
嫁も喜怒哀楽の怒が抜けてるタイプなので喧嘩になりようがなかった。
そういう意味で俺らは似た者夫婦だと思う。
トラブルが発生したのは本社の慰安旅行だ。
本来支社勤めの俺は本社の慰安旅行に帯同したりしないのだが、
嫁の伴侶で俺自身本社の人と交流が多くなっていた事もあり、
俺も一緒に行ってはどうかと嫁上司が誘ってくれたのが成り行きだった。
嫁もそれを凄く喜んでいた。
しかし直前になって嫁が腹を壊して行けなくなった。
結果、俺一人で行くことになってしまった。
嫁の済まなそうな顔を見ると責める訳にもいかず、
つとめて喜んでる自分を演じて見せた。
実際、行ってみたら嫁上司も嫁の同僚も凄く俺に気を使ってくれた事もあって
一人でも十分楽しい時間を過ごすことができた。
雲行きが怪しくなったのは夜の宴会の時だ。
俺は嫁上司の前に座った。
いつも嫁がお世話になってますとか言って営業職らしくお酌した。
嫁上司は元ラガーマンで恰幅のいい人だった。
外貌同様性格も豪快で大きな声で笑う人だった。
次期社長の最有力候補であるらしいと嫁から聞かされていた。
それを裏付けるだけの人を引き付ける貫禄と魅力があると俺も思った。
確か最初は嫁上司の好きなゴルフの話とかしてた記憶がある。
お互いにお酌し合いながら色々な仕事の失敗談とか裏話とか
エピソードを交えて面白い話をしてくれた。
嫁と同期のAさんや若手のB君もその話に加わっていた。
様子がおかしくなりだしたのは
Aさんが俺と嫁の馴れ初めの話をしだした時だったと思う。
Aさんが「嫁子さんの一目惚れだったんだ?」とか、
そういう話で俺をからかいだしたとき嫁上司の酌のピッチが急に早まったように感じた。
いわゆる部下へのかわいがりという奴だ。
あ、潰そうとしてるな?と俺は思った。
でもそのとき俺はそれを意地悪でというより
悪戯心でやっているものだとばかり思っていた。
体育会系にはよくあることだ。
俺も応じるように同じピッチで嫁上司に返杯した。
普段、俺はほとんど酒を飲まないが見かけによらず飲めば一升酒ぐらいいける。
営業で飲んで俺を潰そうとしたお客さんを逆に潰してしまう事の方が多い。
酔いの勢いもあって、よし嫁上司と勝負だ!と俺だけ勝手に盛り上がっていた。
Aさんが「俺さん強いねぇ、嫁上司さん負けちゃうんじゃない?大丈夫?」と言った。
どこかの時点で一転して嫁上司が嫌味節になりだした。
あ、絡み酒だと思った。
俺の勤めてる支社は本社の天下り先だと言われた。
支社勤めはどんなに頑張っても
支社部長止まりで本社勤めにはなれないとも言われた。
そんなことは言われなくても支社の誰もが知っていた。
だから別に気にも留めなかった。
営業で飲むときのからみ酒は嫌というほど味わってきたから慣れていた。
むしろ次期社長候補の意外な一面を見れて興味深かった。
嫁は本社勤めだから俺とは格差だと言われた。
俺はそうですねと適当にあしらった。
そんなの屁でもなかった。
給料はいくらだと云われ400万ちょっとですと答えた。
嫁は450万以上貰ってるだろう?と言われた。
俺はハイと素直に答えた。
そこでAさんが「でも嫁子さんはそんな俺男さんに惚れてるんだもんね?」
と気遣う様な事を言った。
このときB君、嫁上司を見て、やばいという表情をしていたのを覚えてる。
営業の鉄則として、からみ酒をあしらう時に反論をしては絶対にいけない。
火に油を注ぐようなものだ。
適当にハイハイとあしらっておけばいい。
嫁上司が実は嫁が結婚する前からお互い想い合っていた
という事を話し出したのはこの時の事だ。
AさんとB君、さすがにズッコケて「嫁上司さ?ん」と呆れていた。
俺だって酔っ払いの妄言を真に受けるほど馬鹿ではない。
笑いながらそうだったんですか?全然知らなかったですと笑って聞いていた。
嫁と出張に行くとき、夜景の見えるレストランで食事をしたりよくしたそうだ。
食事ぐらいで想い合ってたなんて
嫁上司さんも意外とピュアなのね?とAさんがからかった。
B君が完全に酔っ払っちゃってますね、と俺を見ながら言った。
真に受けちゃ駄目ですよというジェスチャーだ。
手だってつないだ事もあるんだぞ!と嫁上司が少しムキになった。
B君がそれセクハラですよ?と言った。
嫁上司が「合意の上でだバカ」と言い返した。
Aさんがでもそれは結婚する前の話よね?
と確認するような事を言ったような気がする。
実をいうとこの辺から少し記憶が曖昧になってる。
それで嫁が子供産んで社会復帰してからも少し続いてたという話をしたのかな?確か。
2?3年とか具体的な数字を出して。
ここで俺はちょっと妄言にしては話がリアルだなと思った記憶がある。
酔っ払ってるだけに妄言がスラスラでる事に違和感を感じだした。
でも「私だって美味しいレストランだって誘われたら行っちゃうわ?」
とAさんが俺を見ながら言ったんだ。
俺をなだめようとしてくれてるのは酔いながらも理解していた。
そしたら嫁上司が満面に笑みでニン!と笑ったわけ。
その時の表情だけはいまだに忘れられない。
勝ち誇った表情というのかな。
○○事件って知ってるか?って嫁上司が言った。
俺はその事件を知っていた。
嫁が壮大に仕事でやらかした話だ。
「また嫁上司さんはそんなこと言うと嫌われますよ!」
とAさんが怒って言った。
きっと今度は嫁に攻撃対象を切り替えたと思ったのだろうと俺は思った。
違う…