サークルの大学生と 弐

2017/10/09

3アヤカとのキスがあってから、暫く俺は飲み会に参加しなかった。
『暫く』と言っても、
ほんの二、三週間程度の事であって、
何か特別な理由があった訳ではなく、
単にテスト期間中だった、というだけだ。
俺は、バイトも休んでテストに集中した。
結果は、まだわからないが、『不可』はないと思う。
テスト期間が終わると飲み会開催のメールが来た。
前回から今日までの間に、
二通ほど飲み会の日程を知らせるメールが届いたが、
おそらくテスト期間中のせいで参加者は少なかったのではないか、
と勝手に判断していた。
アヤカの事が頭にあったが、間隔が空いていた事もあり、久し振りに参加してみようかという気になった。
もう八月に入っていて、
その第一金曜日がメールに書かれていた日付だ。
予定がないのを確認してから参加の返事をする。
本当は、返事なんてしなくても良かったのだが、
不参加が続いていたので念の為という気持ちだった。バイトと卒論の仕上げに追われて、
その日までは、あっという間に過ぎた。
金曜日に、いつもの場所に行くと馴染みの顔がいた。
何人かと簡単な挨拶をする。
暫く参加しなかった事について聞かれなかったので、
予想通り殆どの人は参加しなかったんじゃないかと思った。
元々、参加が強制ではない集まりだから、
久し振りに顔を見た人間がいても、それを詮索するような人はいない、
という理由もあるだろう。
見回したが、エリの姿もアヤカの姿も見えなかった。
今日の参加者は十人ほど。
若干、少なめ、という気がした。
皆どこか旅行にでも行っているのだろうか。
店に移動して、好き勝手に話し出す。
話題の多くは夏休みの過ごし方についてだった。
学校関係の話題だと、やはり卒論絡みになる。
飲み始めて三十分くらいしたらエリとアヤカが一緒に来た。
アヤカは俺を見付けると、隣に座って「久し振り」と言った。
俺も返事をする。
エリとも同じように挨拶して三人が囲むような形で話し出すと、
アヤカはまるで、この間の事なんかなかったかのように接してくる。
俺は、彼女達の顔を見た時から、どう応対しようか迷っていたが、
その迷いを踏み潰すような勢いだった。
その勢いと、酒の力と、周りの雰囲気と、テストが終わった解放感とで、
俺は次第に細かい事なんて考えているのが馬鹿らしい、と思えてきた。
他の参加者も同じだったのかもしれない。
その日の飲み会は少人数ながら、
なかなかの盛り上がりをみせたからだ。
夏休みやテスト後、それから進路決定。
こういったキーワードが、
その日の盛り上がりを助長していたように思う。
そんな中、何かの弾みでアヤカがこんな事を言い出した。
「俺くん、飲み比べをしようよ」
正直、俺は、食べ比べとか飲み比べみたいな
飲食での競争に、あまり興味がなかった。
最初は楽しくても終わった後には不快感が残るだけだ、
というのが経験上わかっていたからだ。
だけど、その時は、
何故か彼女の提案を受けて立とう、という気になった。二人の目の前に同じジョッキが並べられる。
ビールの大だ。
御互い顔を見合わせ、意思確認の後、ジョッキに手を伸ばす。
ルールは、両者が同じ飲み物を頼む。
飲む速度は関係ない。
両者が飲み終わってから次の注文をする。
つまり、どちらかが飲み残しのある内は次の注文はしない。
それを続けていって、片方が飲めなくなるかギブアップするまで続ける。
という具合に決まった。
話し合って短時間で決めた即席のルールにしては上出来だと思う。
前半は御互い快調だった。
次々に注文を繰り返す。
周りは俺達に、殆ど無関心だった。
飲み比べをしているのは知っているが、
特別興味はない、という様子だ。
一気とかをする訳ではなかったし、
飲むスピードを比べる訳でもなかったので、
盛り上がりに欠けたせいかもしれない。
時々、俺達の注文の早さに横目で見る人がいた程度だ。
正に二人だけの闘い、という気がする。
エリは立会人のような態度で、マイペースに飲み物を注文した。
その日は、結局、何杯飲んだだろう。
覚えていない。
ただ俺が先にギブアップしたのは覚えている。
これ以上飲むと、帰りに支障をきたしそうな気がしたからだ。
それに、負け惜しみではないが、
こんな勝負に負けても悔しくないし、何か賭けをしている訳でもない。
必死に勝たなくてはいけない気持ちは最初からなかった。
単なる余興というか御遊びの範疇を出ない。
それでもアヤカは、俺が降参すると勝ち誇った表情を見せた。
「あたしの、勝ーちー」
エリと二人で「すごいねー」なんて持ち上げた。
すると、更に気を良くして彼女は続けて飲んでいく。
勝負が終わったんだから、
もういいだろう、と思ったが、逆に、止める理由もない。
それから一時間もすると会は終わったが、
アヤカは気付くと、いつものように寝てしまっていた。俺は前回の反省もあるし、今回こそは見捨てていこうとしたが、
エリがいるので、そういう訳にもいかず
再び手伝わされる羽目になった。
アヤカを背負って駅まで行くのも慣れたものだ。
電車は空いていて彼女を座らせて、その両側に俺とエリが座る。
そうして、同じように家まで送り届けた。
玄関で何とか彼女を起こし、二人で駅まで戻る。
ここまで世話を掛けさせられると、急に理不尽な思いがしてくる。
何でもいいから見返りみたいなものを心が欲しているみたいだ。
何かないだろうか?
無意味な送迎を何度も繰り返させられて、
自分にとって何も収穫がないのは納得がいかなかった。
だからと言って前回のようなキスみたいなのは御免だが、
金でも取ろうかと冗談交じりに言いたくなった。
要するに、誰かに愚痴を言いたい気持ちが湧いてきたのだ。
そんな思いがあって、俺はエリに訊いてみる。
「○○さんって何で、あんなに酔っ払うんですかね?」
エリもアヤカも俺と同じ学年だったが、
飲み会では新参者なので
話す時は大体、敬語か丁寧語が普通だった。
決して彼女達が先輩ではないし偉い訳でもない。
もっと馴れ馴れしくてもいいのかもしれないけど、
ただ何となく、そうした方が無難な気がしただけだ。
それを、その時、エリに指摘された。
「俺くんさぁ……、別に敬語とかじゃなくていいからね」
優しく言い聞かせるような口調の後、
フォローするように付け足した。
「まぁ、私は、そういうの嫌いじゃないけどね……」
その言葉自体は嬉しかったが、
何か俺の質問をはぐらかされたような気になって、
似たような問いを重ねて、した。
彼女は黙って歩いていて、
その返事が来るまでに、たっぷり百歩はかかっただろう。
そうして、やっと彼女が口を開いた。
「私から聞いたって言わないでくれる?」
よく意味がわからなかったが、
それが俺への答えになるなら、と黙って頷いた。
「△△さんって、わかるよね?」
その名前は知っている。
サークルの主催者の友人だ。
髪の長い、物静かな感じの男で、
飲み会では、大体、主催者の隣で飲んでいる。
容貌は文系男子という感じで眼鏡が似合いそうだった。
勿論、それは俺の勝手なイメージで眼鏡はしていない。
確か、彼も四年だったはずだ。
どこの学部だか忘れたが、俺と同じ大学にいる。
話した事はないが、控えめで悪い印象は受けなかった。
「わかるけど?」
「たぶん……アヤは、彼の事が好きなんだと思う」
それからエリはアヤカの好みが彼に近い事などを話し出した。
それを聞くと、
彼が、彼女の好みのタイプと合致しているのは、よくわかるのだが、
それと彼女が酔っ払う事と、どう繋がるのかわからない。
俺は、その点を訊いた。
「前にさ……こういう事があってね」
エリは、ゆっくりと順序立てて話し出した。
それによると、俺が参加する以前に、
サークルの飲み会で酔い潰れた子がいたらしい。
その子は、俺とは違う大学の二年生で、
髪が長く清楚な雰囲気があり、その時が飲み会初参加だった。
初々しさが災いして、
何も勝手がわからず勧められるままに酒を飲み過ぎてしまったようだ。
明るい子だったから、
積極的に色んな人から話しかけられていたせいもあるかもしれないし、
酒を断らない様子だったのもいけなかったのかもしれない。
とにかく色んな要因があって、
その子はアヤカのように酔い潰れてしまったらしい。
その子を連れてきた友人は女の子だったから、
どうしようか困っていた時に、
さっき話に出た主催者の友人が送っていくと名乗り出たらしい。
酔い潰れた子を背負って、
その子の友人の案内で家まで運んで行ったようだ。
俺は、それを聞いて可笑しくなった。
(まるで今の俺達じゃないか)
エリは言った。
それ以降、アヤカが酔い潰れる機会が増えた気がする、と。
エリの推測によると、
おそらくアヤカは、サークルの飲み会で酔い潰れれば、
その子と同じように彼が送っていってくれるのではないか、
と考えているんじゃないか、と。
だから、そうして、わざと隙を見せているんだと思う。
彼女なりのきっかけ作りなんじゃないだろうか。
そんな事を言った。
「でも……こうして俺達が送っちゃってますよね」
「そうなの」
エリは困ったような調子だ。
「私も最初は、そんな事わからなかったから、
無理矢理、連れて帰っちゃったのよね。
で、その時は、何か嫌な事でもあったのかな?
くらいにしか考えてなかったんだけど、
次も、その次も寝てしまうくらい飲んで……
これは変だって思うじゃない。
やっぱり急に潰れる回数が増えた訳だし……」
俺は、アヤカを置いてエリが先に帰ってはどうか?と訊いた。
「そうなんだけど、それも心配だし……」
エリは、そこ…

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