転勤先の田舎町で出会った純情娘

2018/11/05

俺は国立大学を卒業して、県内では大手の企業に就職した。
本社で4年間、様々なジャンルの仕事をして一通りなんでもこなせるようになった。
2年後輩の綺麗な綾奈は俺の大学の後輩で、それをきっかけにアプローチして恋仲になった。
綾奈は処女ではなかったが、23歳のイイ女に恋愛経験が無いほうが不自然だと思った。
綾奈はイキ顔も綺麗で、26歳の俺は結婚も考えていた。
しかし入社5年目に、本社から車で3時間もかかる田舎の営業所に転勤になってしまった。
遠距離恋愛は1年と持たず、綾奈は同期に寝取られたらしい。
『私達、しばらく離れましょう』
綾奈からの最後のメールだった。
俺はこの小さな町で古い一軒家を借りて住んでいる。
俺は大家の娘に勉強を教える代わりに家賃を格安にしてもらっていた。
大家の娘は14歳、恭子と言って高校受験を控えていた。
この年代で“子”が付く名前は古風だと思ったが、この町では珍しくなかった。
恭子は隣町の高校を狙っていた。
この町の高校よりレベルは高いが、まあ中の上というところだ。
俺は、家庭教師を引き受けるにあたり恭子の学力を確認したが、どうしてなかなか優秀だった。
俺は、この辺りの中心都市の高校に挑戦させるべきだと両親に進言したが、「女に学歴は不要だ」とがっかりする回答だった。
隣町の高校なら俺が教えるまでもなく簡単に合格するであろうから、俺は徹底的に勉強を教えて、俺の出身地で両親の菩提寺がある県庁所在地の大学を受験させようと目標を3年後においた。
恭子は三つ編にリボンをつけた純朴で楚々とした田舎娘だった。
俺の言うことは何でも実践して、成績も俺が進めた都市部の高校を捉えるまでになった。
恭子は受験が近い2月、俺に気を遣って義理チョコをくれた。
「ありがとう」と頭を撫でた。
恭子が帰った後、俺はチョコの入った箱を開けてびっくりした。
本命チョコだった。
俺は27歳、営業所や取引先の若い女性にはちょっかいを出していたが、この年末に15歳になったばかりの女の子はノーマークだった。
俺は焦った。
受験に影響する。
恭子の成績なら余裕だったが、受験に絶対はない。
精神状態も万全にする必要があった。
俺は、「中学生は無理だから、高校生になったら付き合おうね」と言って問題を先延ばしにした。
これがまずかった。
余裕で隣町の高校に合格した恭子は、いきなり俺の恋人気取りになった。
高校の制服は今時珍しいセーラー服だった。
俺はつくづく田舎を感じた。
セーラー服に三つ編の恭子は、最近では再放送もされなくなった昭和の青春学園ドラマだった。
別れた綾奈を思い出した。
地方都市とはいえ洗練されていたっけ・・・、戻りたかった。
高校生の恭子は俺の家に入り浸りだった。
もちろん勉強していたが、綾奈と別れて1年も過ぎると女が恋しくなってくるのが悲しい男の性。
一回りも年下の恭子に、「先生、私には女の魅力はないですか?私、シャワーを浴びてから来ましたから・・・」とスカートを脱がれたら我慢できなかった。
俺は、あろうことか15歳の恭子にクンニした。
「はあー」
幼い恭子の口から吐息が漏れた。
綺麗なピンク色の割れ目から透明な液体が滴った。
俺は恭子の上半身のセーラー服をわざと脱がさず、恭子の膣に俺の肉槍を突き刺した。
突破と同時に「痛っ!」と言った。
「恭子ちゃん大丈夫かい?」
「大丈夫です。お続け下さい」
俺はゆっくりと恭子の初めてを味わった。
人生2度目の処女だったが、1人目は俺も童貞だったので、今回は奪った感があった。
後日、全裸で交わったが、恭子は華奢で胸も小ぶりで、ロリコンの気持ちが何となく理解できた。
SEXを経験した恭子は、ますます俺にベタベタするようになった。
夜9時くらいまで俺の部屋にいるので強制帰宅させていたが、両親は全く心配していなかった。
優秀な成績を保っていたのでずっと勉強していると思ったのかも知れない。
2年生になっても恭子は相変わらず三つ編だった。
純朴で楚々とした田舎娘は、言い方を変えれば純情で清楚な童顔娘と言えた。
高2にもなれば多少色気づくのに、全く変わらない。
俺はなぜかその方が興奮した。
普段真面目な清楚娘の方が、俺に抱かれて喘ぐ姿に興奮できるのだ。
俺に抱かれて1年過ぎた恭子は、三つ編を振り乱しながら喘ぎ乱れる少女になっていた。
高2になってからの恭子に被虐性を好む一面を見た。
それは、あまり数学の得意でない恭子が同じ間違いを繰り返すため注意した時のこと。
「ごめんなさい」と言って泣き出したので、慰めずにちょっと責めてみた。
そしてそのまま押し倒し、「お仕置だ」と言って右手右足、左手左足を手拭で縛って拘束M字開脚させて指マン責めをした。
恭子は、既に性の悦びを知った身体で、SEXの際に喘ぎ乱れる高校生だったが、声を出すことは恥ずかしがる娘だった。
その恭子が、「はー、はー」と喘いだ。
「気持ち良いか?」と訊いても黙って頷くだけで決して声には出さない。
俺は、中指と人差し指を挿入して膣上壁を激しく擦り、薬指の関節でクリを刺激した。
恭子は16歳の純情顔を歪めて「はううー」と呻き、ついに「ひああああー」と声を上げ、激しく潮を吹いて三つ編を揺らし、痙攣してガクッとイッた。
開脚して股間をズブ濡れにした上半身セーラー服姿の三つ編少女をデジカメで撮った。
更に、そのまま後ろに倒して大開脚の恭子の膣内を生肉槍で掻き回した。
「うわああ、あうっ、あうっ」
初めて声を上げて喘ぐ恭子をデジカメをムービーモードにして捉えた。
身動きを禁じられながらも、「ひいいいやあああー」と快楽の声を漏らし、肉槍挿入から5分もしないで大声で喘いでイキ乱れた。
後日、恭子に写真とムービーを見せた。
「いやっ」
そう言ってそっぽを向いた。
「感じた時は声を上げるのが自然なんだよ。恭子は間違っていないんだよ」
俺は言い聞かせた。
「恭子は、苛められるのが好きなのかい?」
少し間を置き、コクッと頷いた。
恭子は田舎育ちで変態SEXの免疫ゼロだったが、躾けられるまま素直に言うことを聞いた。
恭子は毎週末、2階の納屋で拘束され、ひたすら羞恥と快楽を享受していた。
拘束して、電気アンマに張子を固定して膣に挿入すれば、イキッぱなしでヨダレを流してトランス状態になる。
純情中学生フェイスが三つ編を宙に舞わせて狂い咲き、「機械はいやっ、先生が欲しい!」と生肉槍挿入を懇願する浅ましい肉槍愛奴と化した。
拘束を解いてやれば、「頂戴します」と俺の肉槍にしゃぶりつき、「いただきます」と俺に跨がり腰を激しく振って大声で喘ぎ、三つ編が解けるほどに激しく乱れ白目を剥いてイクようになった。
最後まで上半身のセーラー服は脱がないので、俺は週末用に新しい制服を買い与えた。
週末以外は全裸で愛情いっぱいに抱いてやっている。
恭子も高3になり、俺はそろそろ転勤の予感を感じていた。
今年で俺も30歳を迎える。
もうこの町に来て4年目になる。
恭子は優秀な成績を維持しており、もし俺が本社に戻れればそこの大学を受験させて関係を継続出来るかもなどと、恭子を手放すのが惜しくなっていた。
週末の恭子調教は、縛って吊るして陵辱して、セーラー服もかなりくたびれる程のハードな画像、動画の作品を生み出していた。
年末、18歳を迎えた恭子は、相変わらず見た目は純情中学生フェイスだった。
俺は大家宅に呼ばれたので、「恭子ちゃんの成績なら大学に生かせるべきです」と言ってみたが、予想外の回答で全身の血の気が引いた。
「恭子に学歴は要らない。炊事や洗濯などの家事は全部仕込んだ。今日の料理も全部恭子が一人でこさえたんだぞ。それに君もそろそろ転勤だろう?恭子をくれてやるから連れて行きなさい」
「はあ?」
「はあ?じゃないだろう。その気があるから恭子に手をつけたんだろう」
バレていた。
これは逃げられなかった。
俺は責任を取った。
俺に転勤の内示が出た。
本社復帰だった。
高校の卒業式の翌日、俺は恭子と結婚式を挙げた。
「この町の祝言は長いぞ。覚悟せい」
本当に長かった。
約7時間、死にそうだった。
俺は両親を早くに亡くしたので、花婿の両親役を恭子の伯母夫婦が担ってくれた。
30歳の俺が、18歳の幼い花嫁をもらうのは恥ずかしかった。
「町一番のめんこいおなごは都会(この町と比較したら俺の故郷は都会だ)の男に取られたなー」
何人かの若い男が父親らしいおじさんに慰められていた。
この町では恭子が一番だったのか・・・。
そんなに狙っている男達がいたことを知らなかった。
それよりも驚いたのは、恭子が大手企業勤務の男をゲットして都会暮らしすることを羨む声が多く聞かれたことだ。
普通、18歳で娘が嫁いだら父親は悲しいと思うのだが、恭子の父親は自慢気だった。
もしかして俺は策略に嵌ったのか?
付けなくてもいい家庭教師は、娘に手を出させる為だったのか・・・。
今31歳、故郷に戻って思うことは、俺の故郷は排気ガス臭い空気である事と、やっぱり嵌められたという事・・・。
恭子は可愛い幼な妻で、やっぱり三つ編だった。
家計簿をつけてしっかりやりくりし、掃除、洗濯、料理は完璧で、特に料理は俺の好きな物と味付けを把握し、それをアレンジして栄養のバランスを取っていた。
こんなことが18歳の新妻にいきなり出来るとは考えにくい。

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