運とタイミング

2018/08/21

GWの前半が4連休になったので、帰省してきました。
もちろん、実家で家族とのんびりすごすのが目的なのですが・・・でも近頃では、帰省することにもうひとつの楽しみを見出してしまっている自分がいます。
私には、他人には言えない自分だけの秘密があります。
誰かに覗かれながら、人知れずに恥ずかしい感情に身を焦がす・・・その快感に包まれるときの興奮の味を知っているのです。
私は、東京に住んでいます。
でも東京は、どこでも人が多すぎて・・・なかなかそういうチャンスをみつけることができません。
ずるいけど・・・リスクを冒す勇気はないのです。
いつからか、そういうシチュエーションを探すことが実家に帰省するときの目的のひとつになりつつありました。
実家に戻ったその翌日には、もう『その場所』に行くつもりでいました。
ずっと心の中にあったのです。
昨年の夏に訪れた渓流沿いの露天温泉・・・私はあのときの出来事をずっと忘れられずにいました。
1月にも帰省したのですが、そのときは雪道を運転していく自信がなくて、行くのを諦めてしまったのです。
ひととおり荷物を準備した私は、実家の車を借りて出発していました。
まだ午前中の早い時間です。
目的地は隣県ですし、遠いですからぐずぐずしていられません。
春のうららかな陽射しの中、穏やかな気分で運転していました。
天気も良くて、絶好の温泉日和です。
ドライブ自体が楽しい感じでした。
道も完璧に憶えています。
いちどコンビニに寄ったぐらいで、休憩をはさむこともなく運転を続けていました。
山道のカーブをくねくね走ります。
あるキャンプ場の近くを通過しました。
ようやく目的地が近づいてきます。
国道の途中から、目立たないわき道へと入っていきました。
車を走らせながら、懐かしさがよみがえってきます。
この辺りは、私にとっていろいろと思い出深い場所でした。
ハンドルを切って、目的地の温泉へと進んでいきます。
舗装されていない山道を走らせていくと、古びた温泉旅館が見えてきます。
1軒・・・2軒・・・いくつかの旅館の前を通りすぎて、道路わきの駐車場に車を入れました。
(着いた。)荷物をまとめました。
スポーツサンダルに履き替えます。
(なつかしい)前回来たときから、まだ1年も経っていないのに・・・なんだか大昔のことのように感じます。
GWだというのに、相変わらず人の気配のない鄙びた温泉地でした。
トートバッグを持って車から降り立ちます。
陽射しは暖かだけど、空気はまだ冷たい・・・そんな陽気でした。
目指す公共(?)露天風呂へと続く歩道は、この駐車場の奥にあります。
すでに誰かの白い車が1台停まっていました。
それは、『たぶん先客がいる』ということを意味しています。
頭の中でイメージを思い浮かべていました。
私は、いわゆる変態さん(?)のように大っぴらに見せつけたいのではありません。
むしろ、相手にそういう女だと思われるのは絶対に嫌でした。
この顔・・・細身のこのスタイル・・・外見の容姿にだけは、多少なりとも自信のある私です。
男の人にこっそりと覗かれる被害者のふりをして・・・人知れず、心の中で恥ずかしさを味わいたいのです。
山の清々しい空気を思いっきり吸い込みました。
そして大きく口から吐きます。
緊張しそうになっている自分を奮い立たせました。
(よしっ)期待に胸を膨らませながら、森の歩道へと足を向けたとき・・・(あっ?)ちょうどその歩道から、戻って来た人たちが現れました。
大学生ぐらいに見えるカップルです。
お互いになんとなく、「こんにちは」
「こんにちは」軽く挨拶を交わしてすれ違います。
私は振り返っていました。
すれ違ったふたりの背中に声をかけます。
「あの・・・○○湯って、こっちで合ってますか?」初めてここに来たふうを装って、歩道を指さしました。
「そうですよ」男の子のほうが、笑顔で答えてくれます。
仲のよさそうなカップルでした。
私が、「混んでました?」にこやかに聞くと、「いや、僕たちだけでしたから・・・もう誰もいないと思いますよ」親切に教えてくれます。
ふたりにお礼を言って、小道に入りました。
そしてすぐに立ち止まります。
その場で、耳を澄ませていました。
しばらくしてエンジン音が響いてきます。
車が走り去っていくのが聞こえました。
もういちど駐車場を確認します。
さっきの白い1台はいなくなっていました。
私の車だけが、ぽつんと取り残されています。
(やっぱり、あのカップルの車だったんだ)ちょっとだけ複雑な心境でした。
いま露天風呂まで行っても私だけですから、望むようなチャンスはないということです。
でも、それもある程度は想定していたことでした。
もともと私も、それなりに長期戦(?)の覚悟は持って来ています。
そのために、早い時間から家を出発したのですから。
森の歩道を、ひとり歩いていきます。
片側は崖のように切り立っていました。
下を覗きこむと、木々のあいだに川の流れが見えています。
(なつかしいなぁ)近づくにつれ、どんどんテンションがあがってくる自分を感じました。
そのうち、朽ちた表示板が見えてきます。
『○○湯→』歩道の横から、下へと降りていく階段道が伸びていました。
崖をまわりこむように下っていく、急こう配の階段道です。
足元に注意しながら、一歩一歩足を進めていきます。
開けた視界の下に、男湯の岩風呂が見えてきました。
誰もいない無人の岩風呂を、上からひととおり見渡します。
そして、いちばん下まで降りきりました。
渓流沿いに設けられた、細長い露天温泉です。
女湯に行くためには、男湯のスペースの中を通っていくかたちになります。
いちばん奥の木戸が女湯の入り口でした。
男湯の中を突っ切るように、そちらへと歩いていきます。
「ガタッ」木戸を開けて、石垣を折り返します。
懐かしい露天の女湯が、私を待ち受けていました。
(ああ。)何もかもが以前と同じです。
無人の岩風呂を前にして、私はスカートを下ろしました。
乾いた小岩の上に、脱いだ服を次々に重ねていきます。
(いい気持ち)大自然の中で一糸まとわぬ姿になることの開放感がありました。
全裸になった私は・・・手おけでかけ湯をしてから、湯だまりに入りました。
(ふーっ)熱いお湯が、何時間も運転してきた私のからだを癒してくれます。
(気持ちいい。)こちら側の女湯のお風呂は、湯船というほどの立派なものではありません。
狭いスペースの真ん中に、小さな湯だまりがあるだけです。
それでも、私は格別な思いでした。
またここに戻ってきたのです。
この、恥ずかしい記憶でいっぱいの場所に。
お湯につかりながら、ひとりチャンスを待ちました。
けっこう熱いお湯なので、長湯はできません。
ときどき湯だまりから出ては、左右に立てられた目隠しのすだれ・・・露天スペースのはじっこの、コンクリート部分・・・懐かしさ半分で、周りを眺めていました。
このはじっこのコンクリートの側面は、そのまま護岸(?)のようになっています。
高さは1m半ぐらいでしょうか。
身を乗り出して、下を見てみました。
護岸に沿って、川べりの土台(?)が男湯まで繋がっています。
(懐かしいな)この『すだれ』の隙間から見知らぬおじさんに覗かれたときのことを、昨日のことのように思い出していました。
トートの中には、あのとき使ったデジカメも持ってきています。
同じようなシチュエーションで、またあの興奮をまた味わえれば最高でした。
今日も、上手くいくでしょうか。
期待に胸がふくらみます。
(誰にも迷惑かけるわけじゃない)その思いが、私を穏やかな気持ちでいさせてくれました。
いけないことをしようと目論んでいるのに、罪悪感はありません。
むしろ、(覗くことになる男の人は喜ぶんだろうな)
(はだかの私を目にできて、どきどきするんだろうな。)まだ見も知らぬ相手の心情を想像して、わくわくしていました。
数分おきに入口の木戸から男湯の様子を窺ってみますが・・・誰かが訪れてくる気配は一向にありません。
(ふうー)それにしても、いい景色です。
目の前を流れている川の水は、透明に澄み切っています。
(冷たそう)護岸の下に降りる気にはなれませんが、眺めているぶんには最高でした。
ときどき吹いてくるそよ風は、まだ幾分か冷気を含んでいますが・・・のぼせたからだには、それも清々しいぐらいです。
(いいなぁ、ここの温泉は)私のよこしまな気持ちは別にしても、ここは本当に秘湯という気がします。
こうしてお湯につかっていると、日頃の嫌なことなどすべて忘れてしまいそうでした。
お湯から出るたびに、木戸に近寄って男湯の様子を覗いてみます。
もう30分以上、そんなことを繰り返していました。
すでに11時をまわっているはずですが・・・いくら待っていても、山奥のこの露天温泉を訪ねてくる人は誰もいません。
待ちぼうけの気分でいろいろ考えていました。
(時間が早すぎた?)
(さすがに、ここはマイナーすぎる?)地元の人が来るとすれば、やはり午後でしょうか。
だんだんと緊張感を失っていました。
経験上、私にはわかっていることがあります。
こういうことの『タイミング』というのは、自分でどうにかできるものではありません。
いくら自分がその気になっても、『運』がなければそれまでなのです。
考えてみれば、こんなにいい温泉で『貸切』の状態でした。

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