どうしても一度、逢いたかったの

2018/04/10

その日、ネットで知り合いになった女子校生から、待ち合わせ場所と日時の書かれたメールが送られて来た。
以前から逢いたいという彼女の想いは知っていたが、所帯持ちでもあるボクはそれとなくかわしてきていた。
なぜ彼女が冴えない中年男のボクなんかに御執心なのか、どう考えても理解ができない。
ボクもサイトは運営してはいるが、日々の雑文を書き流す程度だ。
アクセス数も僅かだし取り立てて注目されるサイトではない。
そもそも高校生の彼女の方こそ、文章もイラストも魅力的で才気溢れるサイトを運営していた。
ボクは彼女が欲しいものなど一切持ち合わせていない筈だと思っていた。
情けないことに、それだけは確信が持てた。
待ち合わせ場所の喫茶店をネットで検索したボクは、女子校生の思惑が薄っすらと分かったような気がした。
環状線の駅から伸びる緩やかな坂道に続く路地沿いの一軒。
その喫茶店は、ラブホテル街の一角にあった。
遠方から上京してきた少女を独りで待たせておくには、真昼間とはいえ、些か危険な場所であった。
分別ある大人同士の付き合いとは違う気がした。
正直なところ、会わぬ方がいいと思っていたが仕方がない。
一体どう諭したらよいのか、思春期の彼女に語りかける言葉を探しながらボクは待ち合わせ場所へ向かった。
店の前まで着いたボクは、彼女のメールに記されていた携帯の番号に電話をかけた。
「ボクだけど。わかる?・・・うんうん。今、着いたからさ・・・これから店に入るよ?」
喫茶店のドアを開けると入口からまっすぐ奥。
その色白な少女は、はにかむように微笑みかけてきた。
「ごめんなさい。でも・・・どうしても一度、逢いたかったの」
席を立った長身の彼女は、そう言うと本当に申しわけなさそうに肩をすぼめてみせた。
快活で天真爛漫な印象しかなかった彼女の消え入りそうな様子に、ボクは微笑で応えるしかなかった。
「まっ、しょうがないな。で?ここ何時くらいから居るの?待ったでしょ?」
「ううん、ちょっと買い物とかしてきたの。だから、さっき着いたばかりです」
見れば彼女の隣には大きな紙袋がある。
包装紙で覆ってあるが大方着替えた制服や靴が入っているのだろう。
「ふーん、そっか。あ、そうだ、はじめまして『テツオ』です。
って、ナンかヘンな感じだね?」
「こちらこそ、はじめまして『エミ』です。
うふっ。
ホントにヘンな感じ。
いっぱい知ってるのに」
「ははっ。いやぁ、こんなオジサンで、正直がっかりしたろ?ねっ?」
「い~えっ、思ってた通りでしたよ?うふふっ。すっごく嬉しいです。思い切って来てよかったぁ」
修学旅行から彼女が抜け出してきたのは知っていたから、ボクは夏の夕闇が迫る前には帰そうと思っていた。
二人は暗黙の了解で互いに『テツオ』
『エミ』というハンドルネームで呼び合い他愛のないお喋りを続けた。
学校での出来事やサイトでのやりとりについて面白おかしく話す少女は聡明で如才がない。
ボクはほとんど聞き役にまわり、質問に答えたり相槌を打ちながら、彼女のツボを抑えた話しの上手さに感心していた。
思い過ごしだったかも知れないし、そうでないにしろ彼女の描いていた幻影は消えた筈だ。
そう、ボクが思い始めた頃になって『エミ』はカクテルを注文した。
トイレに立ったボクが戻るとグラスが2つ置かれていた。
「あっ、こらっ」
「わ。ごめんなさいっ。一杯だけっ、いいでしょ?ね?ねっ?」
「仕方ないなぁ。一杯だけだぞ・・・って言っても、無理には飲むなよな」
素直に頷く彼女には何故か我侭を聞いてやりたくなる不思議な魅力があった。
くるくる変わる瞳の表情は時に悪戯っぽく子供のようであり、また時に、しっとりと落ち着いた大人の雰囲気も漂わせたりもする。
ほっそりとした長身。
三つ編みを解いたらしく、ウェーブのかかったしなやか髪。
ここへ来る途中で買ったという白地のシンプルなワンピースに合わせたローヒールのパンプスはアイポリーだった。
手足の長い彼女が清楚な佇まいでこうしてグラスを手にとっていても違和感はなかった。
とても高校生には見えないだろう。
「あの・・・ひとつだけ、お願いがあるんです・・・けど」
「うん?なに、かな?」
平静を装いながらも急に改まって神妙な顔つきになった彼女に、忘れていた警戒感がボクの中でざわめいた。
「私、小さい時に父を亡くしていて・・・父の背中を知らないんです。だから・・・『テツオ』さんのこといつからかお父さんみたいな人だなって・・・勝手なこと言ってごめんなさい。
わたしの思い込みなんです・・・お歳だって若いですし・・・。
ただ、こんなこと頼めるのは『テツオ』さんだけだと思って・・・」
・・・と、最後のほうは呟くように言って彼女はテーブルの上に視線を落とした。
彼女が何を言いたいのか分からないボクは、ただポカンとして次の言葉を待っていた。
「背中を・・・流させていただけませんか?」
俯いていた彼女は顔を上げるなりボクの目を見て、そう言った。
「へっ?」
「ごめんなさい・・・へんなコト言ってるのは・・・わかってます。・・・だめでしょうか?」
ボクの返答を待つ少女の瞳には薄っすらと涙が浮かんでいた。
黒目がちで澄んだ目をしている。
吸い込まれそうな眼差しだなと思いながら、ボクは彼女の話が「父の背中を流す」ことに帰結したせいで安堵していた。
そうか。
それならば、ここを待ち合わせにした理由も合点がいく。
多少、乱暴な気もするが・・・。
まだ、理解はできる。
「わかったわかった、いいよ。オッケー、背中を貸して差し上げます。って、貸すだけだぞ?」
「あ・・・ありがとう。『テツオ』さん・・・やっぱり優しいね・・・ありがと・・・」
「わわわっ。ちょっとまった。ここで泣くなって。ヘンに思われるって」
あたふた慌てるボクを見て彼女は泪をこぼしそうな顔を無理やり笑顔にして見せた。
半べそかいた笑顔という複雑な表情になっている事に気づいた彼女は、ふいに相好を崩して快活に笑うと明るさを取り戻していった。
『エミ』に促される格好でボクは席を立った。
喫茶店隅のエレベータは上階のラブホテルへと繋がっていた。
狭い箱の扉が開くと右側に自販機で部屋を選ぶ受付があり、向かって正面には広く長い廊下がのびていた。
まだ早い時間でもあり殆ど空き室らしい。
部屋を選んでいた『エミ』の指先が一つの部屋写真の上にとまる。
「ここがいいな。『テツオ』さん、ここでいい?」
「ああ、いいよ」
部屋写真にある番号ボタンを押すと、部屋番号の記されたキーカードが吐き出されてきた。
いくつか並んだ扉の番号を確認しながら進むと、ちょうど中ほどに目当ての部屋番号をみつけた。
キーカードを差し込むとドアの施錠が外れる「カシャ」と小さな音がして、ドア前を照らす照明が点いた。
この階で廊下に連なるドア前の明かりが点いているのは、ここだけ。
どうやら客はボクたちだけのようだ。
「背中流したら、ちゃんと宿に帰るんだぞ」
ドアを閉めるなりボクは念を押すように『エミ』に言った。
「え~っ?だってぇ・・・『休憩』って3時間でしょ。
勿体無いよ。
だってほら、カラオケもあるし・・・。
あたし歌いたいよ・・・せっかく逢えたんだもん。
『テツオ』さんの歌も聞きたいの。
ねぇ~いいでしょ?」
「おいおい・・・まいったな」
「心配しないで大丈夫よ~。夕ぐれ前には必ず宿に帰るから・・・いいでしょ?ねっ?」
本当に大丈夫だろうか。
どうも彼女のペースで全てが動いている気がして、ボクは危うさを感じてきた。
我儘とも言える押しの強さを発揮しながらも、依然それを感じさせないのが彼女の持ち味のようだが・・・。
子供っぽい表情と心地よい声色のせいだろうか・・・甘え上手とは、こういうものか。
水商売とかやって成功するのはこんなコなんだろうな・・・。
苦笑しながらボクは彼女の流れに逆らえず、そんなことを考えていた。
(まったく・・・こんなことなら、是が非でも半分の『ショート』にしておくべきだったな・・・。
)
「先にシャワー浴びててね、『テツオ』さん。
あたし、すぐ後から入るから」
「うん。わかった」
言いながらボクは浴室へ向かった。
擦りガラスで仕切られた一角が浴室だった。
ガラスのドアを開けて入ると広々とした浴室の手前に脱衣スペースがあり、ボクはそこで服を脱いだ。
タオルを手にし浴室への扉を開いた。
日常から乖離した雰囲気を醸し出す丸い浴槽が部屋のほぼ中央に在る。
シャワーは奥の壁側にあった。
ボクはシャワーノズルを壁から外すと浴室椅子に腰掛けてから蛇口を捻った。
このラブホテルは流石にサービスが行き届いているようで、待つことなく程よい温度のお湯がでてきた。
軽くかいた汗を流していると、ドアが開き『エミ』が浴室に入ってきた。
彼女は白い肢体を隠そうともせず楽しそうな足取りで、ボクの背中のすぐ後ろにやってくると、浴室イスを置いて座った。
背後で彼女は太腿を開いて座っているらしく、ちらりと視界に入るその白い膝頭が、ボクにはやけに艶かしく感じられた。
「ふふっ。じゃ~、お背中流させて頂きますね。・・・よいしょっと」
腰を浮かせた彼女は、ボクに股間を密着させるようにしながら立ち上がると、目の前に置かれたスポンジとボディソープを手に取った。
彼女の淡い恥毛と柔らかい股間の感触を背中に感じたボクは・・・興奮していた。
「あの。
すみません。
洗…

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