イタズラ、あのときの快感2
2018/02/14
ある時、セックスの最中に「○女にもこんなヤリマンって居るんだな」
「これで5千円は安いな」
「何でもOKの淫乱だし」とか「こいつセックス中毒だから」というような事を言っているのが聞こえました。
彼が友達からお金を取って私とセックスさせてる事を知り、悲しくなりました。
私は自分が凄くやらしい女になっていた事は自覚していましたが、「ヤリマン、淫乱、セックス中毒」と言われた事にはショックでした。
でも確かに私はもうセックスが止められなくなっていて、彼らの言っている事は事実でした。
最初はあんなに嫌だったフェラチオなのに、その頃にはもうオ○ンチンが愛しくて堪らなく、ザーメンを顔にかけけられた時の温もりに悦びを感じ、口の中で出される時のオ○ンチンの膨張感やザーメンが口の中いっぱいに広がる感覚が大好きになっていました。
以前、あの女の人たちが「高校生にもなればみんなやってる。早く経験した方が得」と言ってはいたけれど、「毎日こんなセックスしてる高校生って居るのかな」と思いました。
と言うのも学校では「キスした事ある?ファーストキスってどんなのかな?セックスってどんなのかな?」というレベルの話が友達同士の間で出るからです。
私はザーメンのシミが付いた制服を着ていながらも「どうなんだろうねぇ」と何の経験も無いフリをして話を合わせ、皆の様子を伺っていました。
それと「早く経験した方が得」・・確かにそう感じていました。
通学時に毎日ではないけれど痴漢に遭う事も相変わらずありました。
でも、いつの間にか抵抗もせずに好きなように触らせてあげ、時にはパンツを履かずに電車に乗ってスカートの中に手を入れてきた痴漢を驚かせたり、私も適度に感じて楽しむようになりました。
そして2年生になって少しした頃、「ここに電話して、セックスしてきて。」と彼に紙を渡され、意味がサッパリ分かりませんでした。
「濡れたら下着も汚れるから、“下着代”って言ってお金も貰って来い」と言われました。
彼の言っている事が全く理解出来ず、私は勿論、断りました。
当時「援助交際」という言葉が世間に出始めた頃でした。
すると彼は以前に撮った私の写真で脅してきました。
しかもいつの間にか撮られた最近の色んな写真も増えていました。
仕方なく一度だけという約束で、彼と近くの電話ボックスへ行き、彼の見てる前でテレクラに電話をかけさせられました。
「最初に下着代は貰え。俺と2人でやってた時みたいにやればいい。満足させて来い」と彼に言われ、待ち合わせの場所へと向かいました。
何かの営業をしているというサラリーマンの人とホテルでセックスして、下着代という名目で2万円貰いました。
「本当に16才なの?何処の学校?また会おうよ。真面目そうに見えるけど、AVに出てる?凄い経験豊富なんだね。」と言われ、非常に複雑な心境でした。
勿論、私服で会ったので学校が分かるはずもなく、絶対に教えませんでした。
帰ってきてお金はそのまま彼に渡しましたが、自分のした事に何とも言えない気持ちになりました。
「もう二度としない、絶対やらない!」と思いました。
でも数日後に彼にまたしつこく脅されて、お金に困ってる話もされ、断りきれずにまたやってしまいました。
今度は私の父とそんなに変わらないくらいの年齢のオジサンでした。
そのオジサンにも「最近の若い子は凄いんだね。本当に高校生なの?プロの人?また会いたい。」と言われました。
前回、今回と私にとっては普通のセックスの行為なのに、こういう風に言われる意味が分かりませんでした。
それ以降、彼に「今日はここへ行ってきて」と、彼の友達の家の地図を渡されてはそこへ行き、その友達たち数人と、時には10人以上も居る中でセックスをする事もありました。
恐らく彼はそれらの友達からもお金を取っていたんだと思います。
彼にそんな扱いをされる事は勿論嫌でしたが、「彼の為なら」という気持ちと「やりたい」という私自身の欲求も強かったので、従っていました。
こんな風に友達や知らない人とセックスさせるものの、彼は私としてくれなくなりました。
その後も毎日のように友達の所へ行かされるか、そうでない日はテレクラに電話をかけさせられてセックスし、下着代を貰う事が続きました。
やがて彼に渡す為のお金が目的ではなく脅されていたからでもなく、既にセックス中毒になってしまっていた私自身が快楽を得る為にやっていました。
「電話は一週間に3人ぐらいでいいよ」と彼に言われ、お金は全て彼に渡していました。
しかし・・。
当時の高校生はまだ携帯電話ではなく、ほとんどの子がポケベルという時代でした。
私は気に入った人とだけポケベルでやり取りをするようになり、彼に言われていた週3人以外にも彼には内緒で会って毎日のようにセックスするようになりました。
私としてはお金が目的ではなかったので、週3人分のお金(6万円)は彼に渡し、他の人からは極力お金は貰わないようにしました。
しかし、何度も会ってセックスしている人の中には、「こういうのを今度会う時に着けてきて」と、雑誌の写真やアダルトビデオの女優さんが着けている下着や洋服など、その人の好みのものを買って着るようにとか、色んな理由を付けては驚く程の金額を一度にくれる人も何人か居ました。
「20万もする下着なんてあるのかな」と思いつつ渡された事もありました。
買ったものとレシートや領収書を正直に私が見せた事で笑われた事もあり、余ったお金を返そうとしても受け取ってくれる事はありませんでした。
「こういうのって・・私、愛人??」とさえ思ってしまう事もしばしばありました。
色んな大人の人と会ううちに、色んな場所へ連れて行ってもらいました。
それに色んな所で色んなセックスを教えられました。
車の中は勿論の事、運転中でもフェラチオしたり、ファミレスで食事の席や映画館でフェラチオしたり、お風呂場では風俗でやってるような色んな行為を教えられてしたり、デパートのトイレやマンションの階段でセックスしたり、他にも公園、遊園地、砂浜、高級ホテルのプールの水の中などなど・・私の制服姿を見せる事以外なら相手の人の希望には全て応えていました。
これらの行為も物凄く興奮はしていたのですが、数人とするあの快楽が味わえなかったので、今ひとつ満たされませんでした。
だから何度も会って信用できるようになった人たちには、やがて友達などを連れて来てもらうように私からそれとなく促して、数人相手のセックスをするようにもなりました。
しかし高2の夏には妊娠してしまい、中絶を経験しました。
ある日、彼に私とセックスしない理由を聞くと、「付き合って2ヶ月ほどで別れたでしょ?お前はもう彼女じゃないよ。お前は真面目すぎて話も堅いし詰まらない。だから凄いエロ女に改造して遊んでみたかっただけ」という言葉が返ってきました。
この言葉は今でも忘れられません。
それを聞き私は怒りが込み上げると同時に、彼は私を彼女だなんて全く思っていなく、私がただ勘違いしていただけだった事に呆然としました。
確かに、あの女の人たちにあんな事をされたのは、彼と別れた後の事でした・・でも・・。
その時に彼は私にセックスを教え、いずれ「○女の生徒と何でもやれる」と友達に言ってお金を稼がせるつもりだったらしいのです。
「今のお前なら、AVや風俗でもそのまま通用するよ」と、この時に3人以上の複数でのセックスやアナルセックス、その他にも散々していた行為が一般的にはあまりやらないという事を聞かされ、物凄くショックで落胆しました。
私は彼の事が好きでたまらなかったので彼の言う事は何でも聞き、お金を稼ぐ道具にされていた事は分かってはいたものの、それでも彼は私に愛情があると思い込んでいました。
でもそんなものは全く無く、ただ単に性の遊び道具、お金を稼がせる道具としか思っていなかった事が許せませんでした。
彼から写真は返してもらえませんでしたが、もうどうでもよくなり、彼とは2度と会わないようにしました。
私は学校を何日も休む程、物凄く落ち込みました。
暫く経って学校へ行き始めて少ししてから半分ヤケもあり、自暴自棄になりました。
何度も会っていた人たちとは勿論の事、更に色んなテレクラにも電話をして新たな男の人たちともどんどんセックスするようになりました。
彼に騙されて教えられた“一般的にはあまりやらない行為”、でも今更どうでもよく、今まで通りのセックスをしていました。
他にも、とにかく相手は誰でもよかったので繁華街へと出掛け、声をかけられてはすぐついて行ってセックスしていました。
しかしその後、2度目の妊娠、しかも性病も重なってしまい入院を余儀なくされました。
さすがに今度は親にバレてしまい散々叱られましたが、ただ単に恋人がいた程度の事しか話せませんでした。
私は元々妊娠しにくい体だったらしく、その治療の後、回復が上手くいかずに炎症を起こした事も重なり、可能性はゼロではないものの、子供を産むのがほぼ無理な体になってしまいました。
物凄く落ち込み、寝たきりの状態で数週間は学校を休みました。
「もうこんな事は止めよう」と思い、退院して学校に通い始めてからは家と学校を真面目に往復するだけの毎日でした。
成績は強烈に下がっていて2年への進級時に成績が下のクラスに落ちていたので、3年進級時にはまた上のクラスに戻れるように勉強に励み始めました。
それから3ヶ月ほどが経ち、週単位での確認テストでも点数が上がってきて喜んでいました。
そんなある日、授業中に突然アソコから流れ出すモノを感じ、「もしかして生理?」と思い、排卵が無くなっていた私は喜びました。
でもそれと同時に物凄い性欲が私を襲い、下半身が熱くなり腰がガクガクと震えだしました。
慌ててトイレに行くと生理ではなく、私のやらしい液…