義母さんの笑顔が見たいから
2018/02/12
「晴(ハル)ちゃん!ハンカチ持った!?」
「持ったぁ」
「ティッシュは!?」
「おっけ」
「お弁当は!?」
「もー・・・持ったって」
毎朝毎朝。
朝から疲れる。
つかさ。
アタシ、もう高校2年生だよ?17歳だよ?
小学生じゃあるまいし、いちいち持ち物チェックなんかしないでよ・・・。
靴の紐結んでる間も、後ろでソワソワしてるし。
アタシの事心配してるのは嬉しいけど、さすがに過保護だって。
ねぇ、義母さん。
「き、気をつけてね!ちゃんと信号は青になってから渡るんだよ!」
「・・・馬鹿にしてる?」
「してないよぉ!私はただ、晴ちゃんが心配で心配で・・・うぅ~・・・」
な、泣かないでよ朝っぱらから!!!
あぁもぉ・・・世話の焼ける!
一応アタシの母親でしょっ!
仕方ないな・・・。
じゃ、いつもの挨拶を・・・。
「・・・行ってくるね、桜」
ちゅっ。
頬っぺたにキスして、ニッコリ笑う。
顔を真っ赤にしてる義母さんの頭を撫でて、アタシは急いで家を飛び出した。
これが、毎朝の日課。
父さんが死んだ日から、アタシが義母さんの心の傷を癒す毎日。
うちの家は色々事情があって、アタシと義母さんの二人暮らし。
つっても義母さんは、アタシと10歳しか年が変わらない勿論義母さんは、父の再婚相手なわけで。
アタシを産んでくれた母さんは、アタシが小さい頃病気で亡くなった。
それから父は、アタシを男手一つで育ててくれた。
でも5年前、父が新しい母親を連れてきた。
当時12歳だったアタシは、すごく喜んでた気がする。
ようやく、アタシにも母親が出来たから。
・・・でもさ。
少し冷静になれば、すぐ分かったんだよな。
アタシとアタシの母さんは、10歳しか年が違わないって。
義母さんは今、27歳。
アタシが17歳。
うわぁ、母親にしては若すぎだよ。
つか有り得ねぇ!
だからアタシ達は、血は繋がっていない。
でも、それでも義母さんは、アタシを本当の子供のように育ててくれた。
(・・・後はあの天然さえなければ、最高の母親なんだけどなぁ・・・)
思わず、大きなため息を溢してしまった。
「おっはよ、晴!なぁに朝っぱらからため息なんてついてんのぉ!」
「・・・出たな、ハイテンション女」
ドンッ、と後ろから思い切り叩かれ、吐きそうになった・・・。
何でこいつは、朝からこんなに元気なんだ・・・。
「おはよう、涼音(スズネ)」
ハイテンション女、もといアタシの幼なじみは、子供のように笑っている。
涼音はアタシの隣に住んでる奴で、唯一アタシの家の事情も全て知っている。
まぁ、幼なじみで親友だ。
「どしたぁ?晴がいつも朝から疲れてるのは知ってるけど」
「義母さんがウザイ・・・」
「また心にもない事を」
「だって過保護すぎるんだよ!?毎朝毎朝持ち物チェック・・・アタシは小学生かい!!」
つい一人でツッコミを入れてしまった。
ヤバい・・アタシも涼音のハイテンションに汚染されてるかも。
「でも桜さん、いい人じゃん。私もあーゆーお母さん欲しいよ」
「1週間一緒に暮らせば、どれだけ過保護な母親かすぐ分かる」
そりゃもう、嫌なくらい。
「でも・・・晴ん家のおじさん亡くなってもう3年経つし、そろそろ桜さんも吹っ切れてもいいのにね」
「・・・うん」
事故で亡くなった父さんは、未だに義母さんの胸の中に残っている。
義母さんの時間は、止まったまま。
だからアタシが、父さんの分まで頑張っている。
それが今までアタシを大切に育ててくれた父さんへの、精一杯の恩返しだと思っているから。
義母さんを幸せにする事が、アタシの出来る恩返しだ。
「んでも晴、最近やつれたよ。休んでる?」
「休んでる時間なんて無いよ」
「駄目だよ、少しは休まないと・・・」
心配そうに顔を覗かれたけど、アタシは精一杯笑ってみせた。
きっとこれが、精一杯だった。
たぶんアタシは、涼音の言う通り少しやつれたと思う。
最近、あんま寝てないんだよねぇ・・・。
バイトが忙しいし、勉強も頑張らないと。
いい大学入って、いい仕事就いて、義母さんを楽させてあげたい。
だから、アタシが頑張らないといけないんだ。
義母さんは何故か、右腕だけが麻痺してうまく動かない原因不明の病気。
そんな義母さんが仕事なんて出来るわけないし、家事だってやらせるわけにはいかない。
家の家事は全て、アタシの仕事だ。
「晴、桜さんに心配だけはかけちゃ駄目だよ」
「その点は抜かりない」
「何かあったらさ、私もお手伝いするから」
改めて思う。
アタシはいい親友を持ったなぁ。
昔から涼音には、迷惑かけっぱなしだ。
何度も助けてくれるし。
・・・よし!涼音に元気貰ったし、今日も1日頑張るぞっ!!
アタシは自分に渇を入れるよう、ほっぺを両手で叩いた。
「た、ただいまぁ~・・・」
はぁ・・・。
元気貰っても、バイトの後だと萎れてるよ・・・。
頑張れアタシ・・・。
「おかえり、晴ちゃん!」
バタバタと走ってくる足音は、義母さんだ。
いつも、アタシが帰ってくると玄関まで来てくれる。
「ただいま義母さん・・・。ご飯食べた・・・?」
「ま、まだ。一緒に食べようと思って・・・」
「え!?何でよ。食べててって言ったじゃん」
せっかくバイト前に家帰って、ご飯作っといたのに。
アタシはいつも遅くなるから、さき食べてて良かったのにな・・・。
「次はちゃんと食べててね。分かった?」
「う、うん・・・」
「分かればよろしい」
うー・・・足が重い・・・。
自室まで行くにも、体力が持ちそうにない。
階段が地獄のように思えるし・・・。
「・・・ねぇ、晴ちゃん」
「んー・・・?なぁに?」
「あのね・・・アルバイト、いくつやってるの・・・?」
聞かれて、ドキッとした。
冷静に、冷静に・・・。
「ふ、2つだよ」
「嘘だよね。だって近所の人達が、色んな所で働いてる晴ちゃん見るって」
う・・・。
そりゃそうですよ。
2つなんて真っ赤な嘘で、本当は4つやってるから。
そのおかげでアタシは、1週間休み無し。
でもそんな事、義母さんに言えるわけなくて。
休みの日は、遊びに行くって理由つけてバイトに行ってる。
仕方ない。
義母さんに働かせるわけにはいかないし、高校生じゃそれなりの給料しか貰えない。
掛け持ちするしか無い。
「ねぇ晴ちゃん・・・。もう無理しなくていいから・・・」
「無理してないよ」
「だって晴ちゃん、私のせいで自由が無い!毎日ヘトヘトになるまで働いて、家事して、勉強して・・・。こんな苦労、晴ちゃんにかけたくないよ・・・!」
はぁ・・・。
泣かないでよ・・・。
今泣かれても、あやす元気も無いんだから・・・。
つか、誰の為にやってると思ってんのかな。
「アタシは、父さんの代わりでいいんだよ」
「え・・・?」
「義母さんがいつまでも泣いてたら、きっと天国の父さんも悲しむから。アタシは、父さんの代わりでいいんだ」
頑張って、義母さんを笑顔にしたい。
昔のように、笑って欲しい。
アタシの好きな笑顔で。
だから、父さんの真似事もしてみた。
学校行く前、父さんみたいに頬っぺたにキスしたり。
一緒に笑ったり、楽しんだり。
でも、それでも笑顔にならないんじゃ・・・アタシがもっと、頑張るしかない。
努力が足りないだけ。
「無理なんかしてないよ。義母さんは心配しないで」
「晴ちゃん・・・」
これ以上、義母さんの泣き顔なんて見たくない。
重い足を持ち上げて、走って部屋に向かった。
部屋に入った時、熱い物が頬を伝ったのがすぐ分かって・・・。
何でアタシ、泣いてるだろう・・・。
そっか。
辛いんだ。
毎日がじゃない。
義母さんに、父さんの代わりしかしてあげられない事が。
アタシじゃ、義母さんの本当の支えになってあげられないんだ・・・。
代わりしか、出来ない・・・。
そう思うと、勝手に涙が溢れた。
「晴ちゃん・・・」
「!」
まだ涙でボロボロの泣き顔なのに、いきなり義母さんが部屋のドアを開けてきた。
運良くベッドに顔を押し付けていたから、涙は見られてない・・・はず。
「晴ちゃん・・・泣いてるの・・・?」
見えないはずなのに、何故か義母さんにはバレていた。
ギシッ・・・と軽くベッドが軋む音。
義母さんが、アタシの隣に寝ていた。
「いっぱい苦労かけて、ごめんね・・・。私が駄目な母親だから・・・」
「・・・違うよ・・・。義母さんは・・・駄目な母親じゃない・・・。アタシが、もっとしっかりしてれば・・・」
上手く喋れない。
人前で泣くなんて・・・父さんが亡くなった時以来だ。
でも義母さんは、アタシをしっかり抱きしめていてくれて。
右腕・・・上がらないはずなのに、弱々しくだけどアタシを両腕で抱きしめている。
温かい。
また涙が出そうになる。
「私ね、本当の娘が出来たみたいで嬉しかった」
「え・・・?」
「晴ちゃんが居てくれるだけで、何度も・・・何度も救われたんだよ。右腕が不自由な事なんて忘れるくらい、幸せだよ。今でもね」
義母さんの優しい声が、直接耳に響く。
強く抱きしめられて、少し恥ずかしかった。
「どうして今まで、気付けなかったんだろう・・・。晴ちゃんは、あの人の代わりなんかじゃない。私の、かけがえのない大切な人だって・・・」
「義母・・・さん」…