オッパイのラインが持つつややか な丸みをあらわにしてしまっていた

2017/07/14

"縄掛け その1
偶然のひとつめは、隣の課にいる課長補佐の出向人事。
ロクに仕事もできないくせにセクハラ行為をくりかえす彼はOL全員の嫌われ者で、
その彼の出向を聞かされた私たちは意趣返しとばかり送別会を一次で切り上げ、別で
飲みなおして鬱憤晴らしをしたのだ。
偶然のふたつめは、幸崎さんが風邪で休んでいたこと。
同じ課で合コン好きな彼女はわりとお酒に強く、私と後輩の中野啓子が一緒になって
泥酔してもそれとなくストッパー役になってくれる。いつものように彼女を含めた3
人組だったら、あの店には寄らなかっただろう。
偶然の三つめは、給料日直後の週末で、二人とも開放感に満ちていたこと。
飲み会のあと、さらにはしごした記憶もあるが定かではない。いたるところに転がる
酔っぱらいにまぎれ、中野さんも私もすっかりデキ上がっていたのだ。だから、うち
に泊まりたがってついてきた中野さんが駅前で急に繁華街の一角に入っていったとき
も、私はとくに疑問を感じなかったのだ。
「早紀さん、ここですよー」
「なにが?」
雑居ビルの4階。“hedonism”と飾り文字入りのプレートが下がった扁平なドアの前
で聞きかえすと、ぽぅっと目をうるませて中野さんは笑った。
「彼が教えてくれたんですけど、雑誌に載っていたんですよ、ここー」
「だぁから、なにが?」
思えば、中野さんの彼氏の『性癖』をすぐに思い出せなかった私がうかつだった。
焦れて変な口調になる私に流し目をくれ、彼女が囁く。
「女の子にオススメの、SMバーなんです」
とろけた私の脳が、言葉の意味を理解するまで一泊の間があった。
「オーナーが女性の方で、女性が入りやすいようにできてるんです。雑誌にも載って
いましたよ。ちょっとしたアバンチュール、ね、入ってみません?」
「‥‥んー、どうしたもんか」
素面なら、断っていたと思う。いくらリアルなSMに心惹かれるとはいえ、なにかの
はずみで私のSM趣味が‥‥セルフボンテージの嗜好がバレてしまうおそれは充分に
あったからだ。
「ね、早紀さんだって、興味ないわけじゃないでしょ? SMプレイ」
「な、なんでよぉ」
ムキになって反発しかけたとたん、カラダの底がじくりと疼く。
夏休み中の、あのケモノの拘束具の失敗以来、私はセルフボンテージを中断していた。
禁止された甘い快楽の衝動が、ちろりと下をのぞかせて私を誘惑する。
ひさしく自らに禁じてきた、甘い快楽のひととき。
脳裏に浮かんだ誘惑のイメージを自制できないほど、その日の私は酔っていたから。
今後こういう店に一人でくることはまずない。そう思ってしまったから。
だから。
「‥‥そうね。少しだけ」
「ふふ、やったぁ。早紀さんノリノリ」
「なによぉ」
少しでも素面なら状況の危うさに気づいていただろう。
初めて拘束具を送りつけられ、いやおうなくセルフボンテージにのめりこんでいった
時と状況があまりに似ていることに。
自分でコントロールできぬまま状況に流される危うさに。
それさえ思いつかず、二人で酔った顔を見合わせ、エロ親父のような笑みを浮かべて
ドアを開ける。
じっさい、あの日の私はまさにマゾの本能に導かれていた。
その一歩が、初めて緊縛を裸身に施され、調教されてしまうきっかけだったのだから。
‥‥‥‥‥‥‥‥セルフボンテージにはまっている私自身、SMには退廃的でいかがわしいイメージを
持っている。だからバー“hedonism”に入った私は、軽い肩すかしをくらった。
「あ、なんかオシャレ‥‥」
同じ思いなのか中野さんがつぶやく。
思いのほか狭い店内にふさわしく、内装はシックで落ちついている。けばだつ漆喰を
わざと塗りつめた壁が洞窟めいた雰囲気をかもしだし、カウンターやブースをしきる
鉄の柵は、どこか西部劇の酒場めいた叙情にみちていた。
入口で荷物と上衣、携帯をあずけ、番号札をうけとった。手首にまくタイプのものだ。
「あら、いらっしゃい。おふたりとも、初めて?」
「あ、はい」
低めのストゥールに腰かけると、二人いる女性バーテンの片方が話しかけてきた。黒
光りするレザーを着こなしている。カウンターの背後をおおう一面の鏡に、緊張ぎみ
の私たちの顔とすらりと伸びた彼女の背が映りこんでいた。
「ちょうど良かったわ。今、ショーの合間なの。じき始まるから」
「ショー、ですか」
SMショーがどんなものか、ネットの知識からおぼろなイメージばかりがわきあがる。
淫らがましい想像を追い払い、カクテルを注文しつつ慎重に聞きかえすと、かすかに
淫靡な親密さをたたえて彼女はうなずいた。
「ええ。あなたたちも、そういうのに興味アリで来たんでしょう?」
その視線に誘われ、一段高くなった奥のスペースに気づく。磔柱や鎖がじゃらじゃら
下がった舞台を想像していたが、じっさいは椅子が一脚置かれているだけだ。ただ、
観客と舞台はあまりにも近い。ここで誰かが、これからSMの責めを受けるのだ‥‥
とくんと、胸の下で心臓が波だつ。
「本物のSMプレイってキレイなものよ。堪能して行ってね」
「‥‥」
返事をかえす前に、バーテンはカウンターの向こうに移動してしまった。常連らしい
男性客がしきりに彼女に話題を振っている。
出されたカクテルを舐めながら、私たちはおずおずと店内を見まわした。いちゃつく
カップルが二組、ブースの背もたれによりかかって腕を組んでいる四人組の女性たち。
あとは、初老の男性がカウンターの向こうでバーテンと話している。
私も中野さんも、帰宅時のOLらしくあっさりしたトップスとパンツを合わせていた。
それが溶け込むぐらい他の客もノーマルな服装だ。SMバーだからボンテージという
ものでもないらしい。
「わりと普通ですね。本当はちょっと怖かったんですよ」
「‥‥ん?」
なにか違和感を感じて客をもう一度観察しようと思ったとき、中野さんがカウンター
の下でぎゅっと私の手を握ってきた。手のひらが軽く汗ばんでいる。
「私をダシに使ったでしょ」
睨んでやると、彼女はちろりと舌を出した。
「ご明察。でも、本当は早紀さん、SMに興味あるだろうって前から思ってたんです」
「え、どうして」
酔いのせいか舌がもつれ、口ごもった。
焦りながら何かを反論しかける。その時、照明がすっと暗くなった。
柔らかなスポットのあたる舞台には一人。さっきの年配の女性バーテンだ。細いムチ
を手にした姿は、バーテンの時と一転して艶やかな威圧感をにじませるドミナだった。
ちらりと、その怜悧な瞳と視線がからむ。
「わぁ‥‥」
中野さんが興奮した声を上げる横で、気づかれないよう生唾を飲みくだす。
舞台には彼女一人きりだ。彼女がご主人さま役らしい。だとしたら奴隷はどこ‥‥?
次の瞬間、私はギョッとした。
彼女がこちらを手招きし、ついで舞台から降りて歩いてきたのだ。
ま、まさか私たちが?
思わず身を引く私たちの横をすり抜け、彼女は優雅な足取りで背後のブースに向かう。
そして。
「どう? 本気で縄打たれちゃった感想は‥‥子猫ちゃん」
奴隷をあやす口調で話しかけ、女性客の一人をくいっと立たせて外に引き出したのだ。
そう、 後ろ手の、縄尻を、つかんで・・・・・・・・・・・・・。
‥‥‥‥‥‥‥‥目を見張ったまま、声も出せずに私たち二人は見入っていた。
どうみても大学生くらいにしか見えないその若い子は、整った顔を深々とうつむけ、
半開きの唇から乱れた呼吸をもらしている。ぴちっと曲線を強調するデニムジーンズ
が似合う彼女は、さっきから両手を背中に組み、浅く腰かけていた。
‥‥ジャケットに袖を通さず、わざわざ肩から羽織って。
それが違和感の原因だった。暖かな室内で上衣を預けず、なぜ肩に羽織っていたのか。
彼女は、自分の意志で羽織っていたのではない。
腕を通すことができないように、後ろ手に縛られていたのだ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
おそらく、上半身の縄目を隠すためと、より羞恥心をあおるために。
「‥‥」
「うふふ、暑くもないのにトップスが汗で肌に張りついちゃってるわ」
立ち上がらせた若い子に視線が集中したのを見てとって、バーテンが服を直すふりを
しながら胸元に走る縄をくっと引く。とたんに彼女はイヤイヤとかぶりをふり、上半
身をひくりとすくませた。
そして‥‥私たちは、聞いてしまったのだ。
ギシ、とも、ギチチッともつかぬ、狂おしい麻縄のきしむ音を。
ほとんど皆が息をのんで、この予想外のやりとりを見つめていたのだろう。縄鳴りの
軋みは湖面に広がる波紋のように、店内のすみずみまで響いた。
「‥‥!!」
気づいたとき、私は口を手で覆っていた。熱を帯びた肌がちりちりむず痒く、意識が
カラダに追いついていかない。急速なほてりが体の芯からわいてくる。
な、なんだ‥‥なんだろう、これは。
釘付けになる視線の先は、はだけられたジャケットの前からチラチラのぞく二本の縄。
女の子の縛めは、トップスにくっきりシワを寄せ、オッパイのラインが持つつややか
な丸みをあらわにしてしまっていた。
「早紀さん‥‥」
低く囁かれ、さらにギョッとして凍りついてしまう。頬ばかりが熱をおび、中野さん
と目を合わせられない。不自然に彼女に横顔を向けたまま、中野さんの声にこもった
火照りが、酔った私をますます混乱させていた。
なんて‥‥いやらしい。
なんて‥‥なんて、エッチで、気持ちよさげなんだろう‥‥
そのときの私は、心の中にわきあがった狂おしい渇きを押さえこむのに精一杯だった。
心細げな中野さんの声が、さらに私の動揺を誘…

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