オカマバーのよしお

2017/07/10

大学に入りたての俺は芝居をやり始めた。
ちっぽけなサークルの劇団だったが、けっこう楽しくやっていた。
そのかわりといっちゃあなんだが、まったく授業にはでていなかった。
まあ俺の周りの人間も授業にはでてなかったけど。
出欠がなく、試験だけで単位のとれる講義を、俺は一つだけ取っていた。
その単位だけは欲しかった。
全部、不可てのはかっこわるいかなって思っていたから。
長い夏休みも終わって、しばらくたった頃、その講義が試験をするという。
噂を聞き早速、学校行って、教室見回し、一番真面目そうな女の子。
でもって、自分好みの子に声をかけた。
「ごめん。ノートとってる?・・・コピーとらせて!」
と言ったら、拍子抜けするくらいあっさりOKをもらった。
彼女の近くに女友達がいなかったことも幸いしたのかもしれないけど。
「授業終わったら、学食来て!」
俺はそう言うと、速攻で教室を去った。
学食で待ってると、授業を終えた彼女がやってきた。
ほんとに来たんだというのが実感だった。
よく見るとメガネをかけた磯山さやか。
あんまし化粧っ気がなく、ジーンズとセーターっていう格好。
純朴な子。
名前は、美樹。
ノートも借りたことだし、学食のまずいコーヒーを彼女におごった。
ちょっと話してみると、俺が芝居をやってるのに彼女は興味を示した。
熱く芝居のことを語り、俺の夢も話した。
あっという間に時間が過ぎて、美樹と一緒に帰った。
メシは食った。
当然酒も飲んだ。
彼女の家と俺のアパートが同じ駅ってのも、神様が俺にチャンスをくれたんだなって。
送って行ったその日のうちにキスするタイミングがあったのだから。
それからはもう早かった。
数日のうちに美樹は俺の部屋にやってきた。
「初めてなの」
俺の耳元でそうささやき、俺はそっとキスをした。
美樹は俺に脱がされるのをいやがり、というより恥ずかしがっていた。
ユニットバスで脱いでバスタオルを巻いてきた。
電気を消してとつぶやき、俺にしがみついてきた。
そして
「・・・はうぅ。・・・いっ・・いたっー」
美樹は、必死に俺にしがみついてきた。
「・・・うぅうぅ、ふぅん・・・うう」
あえぎというより痛みにこらえる声のなかで、果てた。
それから、俺は美樹と何回か、した。
お互いぎこちなさは残るが、彼氏彼女ではあったと思う。
美樹は思った程、自分が大学であまり友達ができなかったことを気にしていた。
大学デビューを果たす野望があったんだけど、ふんぎりがつかないことを俺によく話していた。
俺は、メガネを外せばって、言うと、恥ずかしいからって言って、黙ってしまう。
おとなしいってこういう子をいうんだって、美樹と会うたび、俺は感じていた。
「どうして、俺と付き合ってくれたの?」
「なんか、うれしかったから」
「うれしい?」
「うん、ナンパなんてされたの初めてだったから。それに、ユウスケくんってなんか自分の夢持ってて、かっこいいなって。あと、顔があたしの好みだったから」
性格は地味だけど、言う事は時々、ストレートな子だった。
事件はそんな時、起こった。
その日は、芝居を見に行った。
アバンギャルドな演出をする山内という先輩の芝居だった。
内容は社会批判だったが、はっきりいってくそ面白くない芝居だった。
俺は、美樹を誘っていた。
デートするいい口実だったし、俺の芝居の顔つなぎにもなるからだった。
くだらない演出をする割に、先輩は人材や宣材の宝庫だった。
芝居も終わり、小屋を出ようとすると、先輩から飲みの誘いがあった。
美樹もいたので、断ろうと思っていたが、彼女も一緒に連れて来いとの命令。
今後のことも考えると断りきれなかった。
そもそもこれが大きな過ちだった。
寄席の近所にあるその小屋の近くのいつもの居酒屋に行くのかなと思っていたら、先輩は「よっちゃんの店」に行くとのこと。
神社か墓地かなんかの裏手みたいなところで、けっこう歩かされた。
先輩、その友人A、B、俺、そして美樹は、その店に入っていった。
「いらっしゃいませー」
と男の小高い声が聞こえた。
店内には、おっきなモニタとカウンター、そしてボックス席。
けっこう広めな造りだった。
普通の店っぽいのだが、普通ではなかった。
店員は全部で3人いた。
2人は派手目なメイクをした男。
1人は結構普通っぽい人。
「ひさしぶりねー。どうしてたのよ。まったく」
と甲高い声で、先輩に話しかける男たち。
ここはオカマバーだった。
「あらー。この子かわいい。私のタイプー」
と俺にまとわりついてくるオカマ。
「もてもてだな」と俺を茶化す先輩。
その隣にすわって、お酒をつくってる一見普通の人がこの店のオーナー、よっちゃんだった。
ボックス席に陣取った俺たちというより店貸しきり状態。
俺がオカマにつかまっている間、美樹はというと隅っこでぽつんと座っていた。
ニコニコして決して場の空気を壊さないよう、がんばっていた。
俺はトイレに行くふりをして、美樹の隣に座ろうとした。
と、トイレに立つとそのオカマもついてきた。
こいつなんだと思っていたら、なんとオカマも中まで入ってきた。
その店のトイレはけっこう大きく作られていて、二人くらい入るのはわけないことだった。
「でていってもらえます?」
「いいじゃなーい。男同士なんだからー」
と取り付く暇がない。
仕方なく小便すると、オカマは横から覗き込んだ。
「あーらーけっこうおっきぃ。たべちゃいたーい」
なぐってやろうかと殺意がよぎった。
俺がトイレから戻ると、若干席順が変わっていた。
美樹のとなりによっちゃん。
先輩、A、Bとオカマ。
美樹はよっちゃんの話に笑っているようだった。
そこに、新しい客がやってきた。
俺についていたオカマは
「あーらーおひさしぶりー。元気してたー」
とその客の方に行ってしまった。
俺はようやく美樹のとなりに座ることができた。
よっちゃんは面白いひとだった。
この町の歴史や伝説の人の話、自分の恋愛話。
もちろん男性とのそしてオカマになった話など。
飲ませ上手ってのはこの人をいうんだろうなっていうくらい飲んだ。
美樹もかなり飲んでいた。
俺が時計に目をやると、すでに美樹の門限は過ぎていた。
「どうする?美樹」
「えっ。どうしよう」
という空気をよんでか、よっちゃんが電話を取り出した。
「ちょっとみんな静かにして」
そして、美樹に電話をわたして、
「家に電話して。ごめん、今日泊まるっていうの。そのあとよっちゃんに代わって。大丈夫よ。よっちゃんを信じて」
美樹は電話した。
「もしもし。・・・ごめん。今日泊まる。・・・うん。だから、ごめん。・・・うん、ちょっと、ちょっと待って・・・」
と、電話を渡されたよっちゃん。
「もしもし。ごめんなさいね。今日はね、・・そうなの。美樹ちゃんをお預かりしてるのよ。うちの娘とね・・・」
よっちゃんは完璧な美樹の友達のお母さんを演じていた。
「なにかありましたら、◯◯◯◯-◯◯◯◯まで電話くださいよ。・・・はい、お母様もぜひ今度はうちに来てくださいね」
と、よっちゃんは電話を切った。
次の瞬間、店中に大拍手が起こった。
俺も美樹も拍手をしていた。
「さっきの電話番号は、もしかして」
「この店の番号よ。大丈夫。かかってこないから。それより美樹ちゃん、よかったね。一緒に飲もう」
美樹は大きくうなずいた。
よっちゃんが言い出した。
「美樹ちゃん。メガネ取ってごらんなさいよ」
メガネをとる美樹。
「この子、ものすごくきれいな顔してるのね。うらやましいわぁ。でも、まだ化粧がぎこちないわね。してあげる」
といって、よっちゃんが美樹に化粧をし始めた。
そう、俺もメガネを外した美樹の顔は好きだった。
さすがはオカマ。
化粧もうまいし、男心もわかってる。
「・・・なんか、ものすごくはずかしい」
照れくさそうにする美樹。
よっちゃんのメイクもうまく、その辺のクラブやキャバならNO.1でも通用しそうな美樹がいた。
「へぇー。美樹ちゃんって言ったよね。そんな奴とつきあうのやめて、俺とつきあってよ」
と、先輩も言い始めた。
「馬鹿なこと言わないでくださいよ。先輩。彼女にいいつけますよ」
「あらら、怒らせちゃったかな。・・・そろそろ帰るかな」
先輩、A、Bが席を立とうとした。
俺も当然、帰るつもりだった。
美樹を見ると、まだよっちゃんと話していたが俺の素振りを見ると帰り支度を始めた。
「あらー。ちょっと帰るの。この子と美樹ちゃんは置いてってよね」
と俺と美樹の肩を掴んだよっちゃん。
「わかったよ。二人は人質だな。金なら心配しなくてもいいから。とりあえず、出しておくからな」
太っ腹な先輩だった。
ただ酒も誘われたら断りにくい要因のひとつだった。
先輩たちが帰った後も、よっちゃんの話は尽きることがなかった。
俺も美樹もぐてんぐてんになるまで飲まされていた。
とりあえず、意識がある内に美樹を連れて、俺の部屋まで帰りたかった。
「そろそろかえりまーす」
俺はよっちゃんにそう告げると、
「あたしんちが近くだから、泊まっていけばいいじゃない。ね。そうしましょ」
と、よっちゃんも帰り支度をして、なかば強引に俺と美樹を連れて行った。
実際、よっちゃんのマンションは近かった。

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