近親相姦、妻とのセックスでは興奮しないが母親とのSEXが今でもいい

2017/06/01

母は65才の、前期高齢者です。
実は母とは、17歳の時より関係を持っています。
わたしは、43歳で既婚です。
なれ初めは、ありきたりなのですがオナニーを見られたのがきっかけです。
よくある話で面白くないかも知れませんが、友達が何処ともなく拾ってきたの雑誌でした。
友達との話で盛り上がり、誰の母親ならSEXが出来るかということになり、私の母親ならみんな出来る、お願いしたいみたいな冗談話だったんです。
と言うのも自慢じゃないですが、自慢ですけど、友達の母親の中では群を抜いて容姿は良かったらからです。
そして、友達のなんとなく、干してある母の下着への興味、それまで何でもなかった母にたいする感情は性への目覚めとなりました。
友達も帰り、自分一人になってみると、の雑誌が気になって仕方がありません。
開いて見ると、熟女の裸と共に書いてあるの数々、妄想は膨らみました。
ジュースでも、飲もうとリビングに出ると母は風呂上がりで下着姿をでいつものようにビールを飲んでいるのですが、その日私は違いました。
母の下着姿に異様に興奮したのを覚えています。
そして、風呂に入りがてら、脱衣かごにある母のパンティー・・・の雑誌の影響でしょうか、母のパンティーを臭ってみたくなったのです。
母のパンティーの黄ばんだ部分を臭って見ると、なんとも言えない、いい臭いだとは思わなかったのですが興奮したのを覚えています。
それは、病みつきとなり、の雑誌とセットで私のオナニー道具になったのです。
父は地元の工場の工場長をしており、仕事の帰りは遅く、出張も多く、母子家庭のような家庭環境だったので、そうなる環境でもあったのです。
母のパンティーでオナニーをするのが病み付きになった私は最初は、慎重に母のパンティーをこっそり拝借し、脱衣かごに返していましたが、慣れてくると、雑になったのでしょう。
母が不信に思ったようで、母は私を観察する様になりました。
ある日、その時は来たのです。
いつものように母のパンティーを臭ってオナニーをしていると「龍一お母さんの、パンティー知らない?」とっ母は突然、私の部屋に入って来ました。
私は突然のことに、呆気にとられて、呆然と固まったままです。
今、思い出しても恥ずかしい、最悪の瞬間でした。
しかし、それは後からどーてっことなくなるのですが、その時は最悪の気分でした。
叱られると思いきや、「こんなことやと思うて来てみたけど、龍一も大人になったんやね。最近、様子おかしいから伺ってたんよ。みたいな雑誌あるし、パンティーはなくなったかと思うとあるし、不思議やったわー」母は、私との関係が悪くなるのを恐れて、必死に強がって対応したようです。
自分なりに考えての行動だったようですが、母も、の雑誌に影響されていた見たいで、オナニーを手伝うという選択をしたのでした。
「龍一、こそこそするのは、人間だめになるよ。お母さんがしてあげるから」、そう言って、私の物を掴みしごいてくれるのです。
私は突然のことに恥ずかしいやら、母の手の快感やらで、母によって射精に導かれたのでした。
「父さんには秘密のことだからね」と約束して、毎日のようにオナニーを手伝ってくれる様になりました。
最初のうちは手だけが、口に含んでくれるようになり、口内射精をするようになり、私は母の乳房をまさぐり、パンティーの中に手を入れて、母の感じる所を探り当てる様になりました。
この秘密の二人の行為は、とても罪悪感を感じているのですが、艶かしく快感で、母の興奮ぶりは、母の声や呼吸の震えで少年期の私でも解るものでした。
母は、SEXだけはしないと決めていたようですが、私が我慢できません。
それまでは、下着はぬがないままの母でしたが、パンティーの中に手を入れて母の性器を快感に導き、ビシャビシャになったパンティーを剥ぎ取る様にして、「これだけはダメっ」と言う母を無理矢理に犯しました。
征服感ともいうんでしょうか?母を自分の物にしたという感覚で酔しれたのでした。
高校生時代が、母とのSEXはピークだったように思います。
高校卒業とともに実家をでて都会へと出た訳ですが、帰省の時に母との禁断のSEXをし、妻とも恋愛で結婚しました。
今では2児の父親ですが、たまに、暇を見つけては里帰りし母とSEXを楽しみます。
妻とのSEXは、興奮というものが感じられず、65才になる母とのSEXは未だに興奮があります。
特に母が私の物を口に含んでくれる快感は、母親ならではのもののようです。

アナタも秘密の体験相手を探そう!
厳選おすすめ出会い4サイト

ハッピーメール

PCMAX

ミントC Jメール

メルパラ

他のサイトのエッチな体験談もどうぞ