若い頃の思い出話 1
2018/10/31
学校帰りに、何気に公園を見ると、幼馴染の香織がいた。
片隅のベンチに腰掛け、俯いていた。
香織とは、幼稚園から中学まで一緒。
幼稚園時はほぼ毎日、小学生になっても時々だが、遊んだりする仲だった。
中学になると香織は陸上部に入り、また可愛い顔の香織はアイドル的存在となり、俺と接する事がなくなった。
俺、まぁ不細工な方だから・・・高校生になると、学校が別々だった事もあって、顔すら合わす事がなくなった。
家、2軒挟んだ隣なのにね。
正直思うのは、生きる世界が違うのだろう。
俺も香織の存在を忘れてたし、きっと香織も、俺なんかの事は忘れてたろう。
公園で見かけるまではね。泣いてるように見えた。
いや・・・間違いなく泣いてたろう。
声をかけようかと思ったが、ほぼ3年近いブランクがある。
相談しあう仲でもないし、笑いあう仲でもない。
俺は歩を進め、通り過ぎようとしたが・・・ でも、やはり気になってしまった。
俺は自販機でコーラを買い、香織の側に足を進め、黙ってそれを差し出した。
「俊ちゃん・・・」 声は出さなかったが、香織の口がそう動いた。
3年もまともに喋ってないのに、俺、通り過ぎようとしてたのに、あの頃と同じような呼び方をされて、何だか嬉しかった。
でも、手放しに再会を喜べる雰囲気ではなかった。
香織の目が案の定、真っ赤だったから。
暫く黙ったまま、目だけを合わせていた。
「ほらっ」 俺はやっと口を開き、香織に尚もコーラを差し出した。
ところが香織はそれを受け取らず、突然立ち上がると、いきなり俺に抱きついてきた。
可愛い子に抱きつかれ、悪い気なんてしない。
でも俺にしてみたら、女の子に抱きつかれるなんて、生まれて初めての事だった。
香織は俺に抱きつくと、声を上げて泣き出した。
周囲の視線が突き刺さるが、俺、どうしていいか分からなくて。
どうしていいか分からず、ただ立ち尽くした俺の足元に、コーラの缶が転がった。
香織は尚も泣き続けていた。
「ごめん・・・それから・・・ありがと・・・」 泣き止んだ香織は俯いたまま、俺を見る事無くそう言った。
「折角だから・・・これ・・・貰っとくね」 俺の足元のコーラを拾うと、俺に背を向け、 「少し・・・スッキリしたよ」そう言うと、一人で公園を後にした。
俺は黙って、香織の後姿を見送った。
翌朝、学校に行こうと玄関を開けると、門の所に人影が見えた。
向こうも俺に気付いて、手を振った。
「俊ちゃ?ん!」 香織だった。
「駅まで、一緒に行かない?」 「別に・・・いいけど・・・」 俺はツレなく答えたが、内心はドキドキだった。
俺がそんなんだから、当然会話なんて弾まない。
俺自身は、「あぁ」とか、「いや・・・」とか返すだけで、色々と話しかけてくるのは香織。
でも俺、何を聞かれたとか、まるで覚えてなくて・・・ ただ、あっと言う間に駅に着いた気がする。
「じゃあね!」 笑って手を振り、反対側のホームに行く香織の事を、昨日と同じように見送った。
学校が終わり、いつものように電車に乗った俺。
いつもの駅で降り、改札を抜けると、そこに香織がいた。
俺を認めた香織は、手を振って微笑むと、俺に近付いて来た。
「一緒に帰ろう!」そう言うと香織は、ポケットに突っ込んだ俺の右手に、自分の腕を絡めて来た。
俺はまたドキドキしながら、朝来た道を歩いた。
朝のように、「あぁ」とか「いや・・・」しか口にしてない。
「俊ちゃんって共学だったよね?」 「あぁ」 「俊ちゃんは優しいから、もてるでしょ?」 「いや・・・」 「うそ?っ!絶対もてるって!」 「そんな事ねぇよ!」 俺は初めて、「あぁ」「いや・・・」以外を口にした。
「ごめん・・・怒った?」 「いや・・・」 「怒ってるでしょ?」 「いや・・・」 「あたし・・・迷惑かな?」 「いや・・・」 「静かにしてた方がいいなら・・・黙ってようか?」 「いや・・・俺こそ・・・大きな声出してゴメン。」 謝ったけど、何か重苦しい空気が流れてしまった。
「上田さん(香織)、陸上は?」 初めて俺から、香織に話し掛けた。
しばらく香織は黙ってたが、「やめちゃった」と言うと、なんだか寂しそうに笑った。
俺はそれ以上は、聞いてはいけない気がして、「そう・・・」とだけ返した。
香織は中学時代、100mで県大会3位の実力者だった。
高校は勿論特待生。
そう言えば・・・高校は寮だって聞いた記憶が・・・ やめたから、今は家から通ってるんだ。
「かなり・・・いじめられちゃってね・・・」 香織はそう付け加えると、昨日の様に下を向いた。
また、重苦しい空気が流れた。
俺の家の前で香織は、絡めた腕を解いた。
そして俺に微笑みかけながら、「明日も、一緒に行っていい?」と聞いてきた。
俺は「あぁ」と答えた。
「あのさー・・・」 俺が香織に目をやると、「『上田さん』は寂しかったぞ!」と言った。
「昔はさ?・・・『香織ちゃん』って呼んでくれてたよね?」 「あぁ」 「『香織ちゃん』って呼んでよ」 「あぁ」 「『香織』でもいいぞ!」 「いや・・・」 笑う香織。
「それからさ?」 「本当にもてないの??」 「あぁ」 「ふ~ん・・・」その後に、香織が何か言った気がした。
でも、聞き返さなかった俺。
「じゃ、明日ね?」 香織はそう言って手を振ると、自分の家に入って行った。
翌朝も、香織は門の側に立っていた。
そして夕方には、駅の改札口にいた。
その翌日も、そしてその次の日も。
俺らは毎朝一緒に駅に行き、夕方には並んで帰った。
ある時、中学時代の同級生と鉢合わせた。
「えっ?」と一瞬驚いたそいつ。
「お前ら・・・付き合ってんの?」その問い掛けに、「へへっ」と笑った香織。
そして俺は、「そんな訳ないだろ!」と強く否定。
「だよな!」 同級生は安心したような顔をした。
その日は途中まで、3人で並んで帰った。
香織はずっと、そいつと喋ってる。
俺は一言も口を利かなかった。
同級生と別れ、また二人きりになる。
いつもはずっと喋ってる香織が、珍しく一言も喋らない。
気になりながらも俺は、訳を聞く事が出来なかった。
そして香織との別れ際、「あんなに強く否定しなくてもさ・・・」そう言うと香織は手も振らず、家に入って行った。
翌朝、門の前に香織は来なかった。
夕方も、駅の改札口にはいなかった。
気になった俺は、香織の家に行ってみようかと思った。
でもいざとなると、呼び鈴を押す勇気がなかった。
小学生の頃は躊躇なく、押すことが出来たのに。
下からただ、灯りのついた香織の部屋を見上げるだけだった。
翌朝俺は早起きをして、いつもよりも随分早くに家を出た。
家を出て行く先は、3軒隣の香織の家。
でも30分たっても40分たっても、香織は出て来なかった。
諦めて、学校に行こうかと思った時、香織の家の玄関が開いた。
出て来たのは、香織の母親。
「あら?俊ちゃん・・・久しぶりねぇ」 俺は挨拶をすると、「香織ちゃんは?」とおばさんに聞いた。
「香織ねぇ・・・昨日から具合が悪いんだって・・・」そう言うと2階の、香織の部屋の窓に目をやった。
「困った子よね?・・・」そう言うと俺の方を見た。
「そうですか・・・」 俺はそう言って頭を下げると、駅に向って歩いた。
香織がいない道は、とても寂しかった。
その日の夕方、俺は香織の家の前にいた。
ケーキ屋で買った、ショートケーキが入った包みを持って。
相変わらず、呼び鈴を押すのは躊躇した。
躊躇はしたが、でも思い切って呼び鈴を押す。
出て来たのは、おばさんだった。
「香織ちゃん・・・いますか?」おばさんに尋ねると、「いるけど・・・お部屋から出て来ないのよね・・・」と、困った顔をした。
「そうですか・・・そしたらこれ、香織ちゃんに。僕が来たって、伝えて下さい。」そう言って頭を下げ、立ち去ろうとした俺を、おばさんが呼び止めた。
「俊ちゃんの顔を見たら・・・元気になるかもね・・・」 俺はおばさんに続いて、狭い階段を上った。
5年生の時に上って以来。
でも、懐かしさに浸る余裕なんてなかった。
おばさんがノックしても、中からは何も反応がない。
「俊ちゃんが来てるわよ。開けるわよ!」そう言っておばさんがドアを開けたのと同時に、「えっ?」と驚いた声が聞こえた。
完全にドアが開き、布団から顔だけだした香織と目が合う。
「ちょっと待ってよ?!」 香織はそう言って布団にもぐるが、おばさんはお構いなし。
「さぁ、入って、入って。」そう言って俺の背中を押すと、「ごゆっくり?」と言ってドアを閉めた。
ただ立ち尽くす俺。
香織も布団を被ったまま、顔を出そうとしない。
そしてドアをノックする音。
おばさんがジュースとグラスをトレーに乗せて、部屋に入ってきた。
「あら俊ちゃん、立たされてるの?」と笑ってる。
「はい・・・そんなとこです・・・」 「香織に遠慮しないで、座っていいのよ。」そう言うとおばさんは、クッションに目をやった。
「はい・・・」 俺は返事をすると、クッションの側に腰を下ろした。
「香織ちゃん!いい加減にしなさいよ!」おばさんは布団の中の香織に、厳しい口調で言った。
「俊ちゃん、香織が出てこなかったらそのケーキ、おばさんに頂戴ね。」そう言うとおばさんは、部屋から出て行った。
「ケーキとか・・・買って来てくれたの?」おばさんが出て行くと布団の中から、香織が聞いてきた。
「あぁ」俺はそれだけ返した。