片想いの人とした人生で一番気持ち良いセックス
2017/12/03
1
久しぶりに台風がここの地方を直撃した。去年は一度も来なかったのに。
幸い、恵理が結婚した夫と住んでいるこの家は小高い丘の上にあるため、川の増水による被害の心配はまずしなくていい。
他にも殆ど自然災害というものを受けた事のない住宅街であるから、こういう時でも安心していられる。
しかしこの暴風雨ではさすがに外に出歩くことはできない。
買い物は行けないし、洗濯物も干せない、湿気が多いから部屋の掃除だってする気にはなれない。
だから専業主婦である恵理は、夫が仕事で居ない間、家の中で何もせず、じっと台風が過ぎ去るのを待っていた。
リビングで1人、紅茶を飲みながら窓の外を眺める。
凄い音。
外では自然の力が猛威を振るっていて、その音が他の全ての音を掻き消している。
聞こえるのは窓に雨が叩きつけられる音と、建物の隙間を勢い良く通り抜けていく風の音だけ。
絶え間なく鳴り響くこの音の中では、きっとどれだけ大きな声を発しても、近所住民の耳にそれが届く事はないだろう。
そう、聞えない。
絶対聞えない。
『大丈夫だよ我慢しなくても、ほら、外凄い音だし、絶対聞えないよ。』
ボーっと外を眺めていた恵理の頭の中で、ある男の声が再生された。
また、思い出しちゃった。
恵理の脳内に録音されていたその声は、もう10年近くも前のもの。
そろそろ忘れてもいいはずなのに、なぜかまだ残ってる。
台風が来るたびに蘇ってくる、あの人の声。
台風が来るたびに恵理はあの人の事を、あの日の事を思い出してしまうんだ。
それは、恵理がまだ大学生だった頃の話。
2
「おーい!奈々ぁ!早く開けてくれよぉ!」
そんな声と共に、ドンドンドンというドアを叩く音が聞こえる。
恵理の部屋のドアではない。
隣の、奈々の部屋のドアを叩く音だ。
そしてドアを叩きながら大声を出しているのは、その奈々の彼氏である橋川悠一郎だ。
「あれ、いねぇのか?」
悠一郎はそんな事を呟きながらまたドアを叩いて奈々の名前を呼んでいた。
恵理はなぜ奈々が部屋から出てこないのか、その理由を知っていたが、しばらく放置したのち、しょうがないなぁと立ち上がり、自分の部屋から顔だけを出して奈々の部屋の前に立っていた悠一郎に声を掛けた。
「奈々なら今日から実家に帰ってるから居ないよ。」
悠一郎は恵理の声に反応して振り向くと、思い出したように目を丸くした。
「あっ!そうか、そういえばそんな事言ってたな、今日からだったのか。うわぁ、しまった、メールすればよかった。」
手を頭に当てて嘆く悠一郎。
髪や服は雨のせいでずぶ濡れ状態、手にはコンビニの袋とレンタルDVDの袋が持たれていた。
今日も奈々の部屋に泊まっていくつもりだったのだろう。
「あ?ぁ、どうしようかなぁ。」
悠一郎は何やらわざとらしくそう言って困り果てたような表情をしてみせている。
しかし恵理はそれを見ても、私には関係ないといった様子でそのまま顔を引っ込めてドアを閉めようとする。
が、悠一郎はそんな恵理を慌てて引き止めた。
「あっ!ちょ、ちょっと待って!」
「何?」
「冷たいなぁ、恵理は。」
「え?何が?」
「いやだって俺ずぶ濡れだし、この雨だよ?」
「だから何よ。」
「あれ、なんか怒ってる?」
「別に……もう、だから何が言いたいの?」
「いやこの雨だし、少しの間だけ雨宿りさせてくれないかなぁ……なんて。」
「私の部屋に?」
「そう、ダメ?」
「……駄目だよ、そんなの。」
「えーなんでさ?前はよく奈々と3人で恵理の部屋でも遊んでたじゃん。」
「それは……前まではね。でも今は違うじゃない、その……色々と。」
「あ、もしかして奈々に気を使ってるのか?そんなの気にしなくていいのに。俺が恵理の部屋に入ったからってアイツなんとも思わないぜ?確かに嫉妬深いところあるけどさ、恵理なら別だよ。俺達の仲じゃん。」
確かにそうかもしれない。
奈々は悠一郎から恵理の部屋で雨宿りをさせてもらったと聞いても、きっと心配も嫉妬もしないだろう。
なぜなら3人は少し前まで凄く仲の良い友人だったから。
男女の友情は成立しないなんてよく聞くけど、少なくともこの前までは成立していた。恵理はそう思っていた。
同じ大学で知り合った3人。
しかも偶然にも恵理と奈々は同じアパートの隣同士。
だから悠一郎はよくこのアパートに遊びに来ていた。
ある日は奈々の部屋で3人でゲームをしたり、ある日は恵理の部屋で鍋パーティーをしたり。
男とか女とか関係なく、まるで兄弟姉妹のような。そう、確かに3人は親友と呼んでもいい程仲が良かった。
しかし、その関係がある日を境に変わってしまった。
いや、?崩れてしまった?と表現してもいいかもしれない。
恵理は奈々から初めてそれを聞かされた時、確かに心の中の何かが崩れていくのを感じたのだから。
3
「私、実はさ、悠一郎と付き合う事になったんだよね。」
「……へ?」
恵理は思わずマヌケな声を発してしまった。
人間、脳が全く理解できない事を聞いてしまうと、こういうマヌケな声が口から出てしまうものなのかもしれない。
「やっぱり、恵理には最初に伝えた方がいいと思って。」
奈々は恥ずかしそうに顔を赤らめてそう言った。
奈々のこんな顔、初めて見た。
奈々はどちらかというと活発なタイプで、見た目は可愛らしいけど、中身は男っぽい性格というか、こんな嬉し恥ずかし恋する乙女的な表情をするところを恵理は見た事なかったのだ。
だけど、意味が分からない。
「え?え?どういう事?付き合うって……え?」
「うん……だから、そういう事。」
「奈々と悠一郎君が?」
恵理の問いに、奈々は恥ずかしそうに小さく頷く。
「ちょ、ちょっと待って、えーっと……ホントに?」
「ごめん、驚いた?」
「う、うん、驚いた。ていうか……」
驚いたなんてもんじゃない。
何かハンマーのような硬い物で頭を思いっきり殴られたような気分。
だから、本当に訳が分からない。
一生懸命頭で理解しようとしても、血の気がサーっと引いていくようで、頭に全く血液が回らず思考できない。
そんな中で恵理は必死に思い浮かんだものを発していく。
理解するための材料を奈々の口から聞き出さないと、パニックになってしまいそう。いや、もう半分はパニック状態。
「そういう関係だったっけ?」
「だよね、だって私自身驚いてるもん。まさか悠一郎の彼女になるなんて。」
悠一郎の彼女、なぜかその言葉を聞いただけでも胸がグッと締め付けられて苦しくなる。
「凄いビックリ……っていうか、ど、どうしてそんな事になったの?」
仲の良い友人に恋人ができたと知らされた場合は、すぐに「わーおめでとー!よかったねー!」と言うのが普通なのかもしれないが、この時の恵理には奈々に祝福の言葉を送る余裕は無かった。
どういう顔をしたら良いのかも分からなくて、口角の片方だけがつり上がって、笑っているのか怒っているのか泣きそうなのかが判別できないような変な顔をしていた。
「あのね、詳しく話すと長くなるんだけど、たまたま悠一郎と2人で話してる時にそういう話になって」
「そういう話って?」
「だからその、恋愛の話に。それで色々と話しているうちにね、悠一郎が『じゃあ俺達も付き合ってみるかぁ!』って言ってきたから。で、付き合う事になっちゃった。」
「付き合う事になっちゃったって……ていうかいつ?」
「ほら、この前私の部屋で飲み会して、恵理がバイトで来れなかった時あったでしょ?あの時。」
奈々の顔は終始笑顔で、嬉しそうだった。
それはそうだよね、だって恋人ができたのだから。
誰だって、恋人ができてすぐは浮かれてしまうものだし。
でも、それでも理解できない。だって奈々はそんな素振り今まで一度も見せなかったんだから。
目の前で女の子してる奈々の姿に、違和感があり過ぎる。
「奈々って、悠一郎君の事好きだったの?」
「うん。ていうかよく分からないけど、好きだった事に気付いたって感じかな。」
「で、付き合ってみるかぁって、そんな軽い感じで付き合う事にしたの?」
「ううん、ちゃんと言われたよ。その……悠一郎の気持ちを……。」
「なんて?」
「え?!それも言わないといけないのぉ?恥ずかしいよぉ。」
恵理からしてみれば、悠一郎にも違和感を感じてしまう。
悠一郎が奈々に告白してる姿なんて、恵理には想像できなかった。
「あのね、前から好きだったって、そう言われたの。」
恵理はそこでまた頭をガツンと殴られた。
衝撃でグラグラと目の前が揺れている。吐き気がしそう。
そうだったんだ。
好きだったんだ。
悠一郎君は、前から奈々の事が好きだったんだ。
知らなかった。
全然気付かなかった。
ずっといっしょにいたのに。
「それで私も言われて気付いたっていうか……ほら、よく言うじゃない、相手が近過ぎて自分の気持ちに気付けないって。たぶんそれだったんだと思う、私。だから、うん、付き合う事にしました、はい。」
そして奈々は最後に、「以上、私からの報告でした。」と締めくくった。
「お、おめでとう。」
ここまできてやっと恵理の口からその言葉が出た。
祝福の気持ちを込めることなんかできない。ただ、フワフワした気持ちで、とりあえず言わないといけないと思って言ったという感じ。
「ありがとう。あーもう、なんかやっぱり恵理にこういう話するのって恥ずかしいね。しかも相手が悠…